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将軍就任を断固拒否した「徳川慶喜」の驚愕の本音 こっそり呼んだ側近に「徳川家はもう持たない」

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  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)
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結局、慶喜の踏ん張りで、朝廷が折れる。兵庫開港は不許可となったものの、条約勅許は実現。このときのことを、慶喜は後年にこう振り返っている(『昔夢会筆記』)。

「自分は一生のうち死を覚悟したときが3回あったが、条約勅許はそのひとつだ」

家茂が朝廷に出した辞表も受理されることはなく、将軍は続投。第二次長州征伐を迎えるが、家茂はそのまま大阪の地で、病死することとなる。

家茂は聡明で幕臣からも慕われていただけに、その若すぎる死は惜しまれた。確かに将来は有望だった。それゆえに「家茂さえ死ななければ……」という声が上がるのも理解できる。

だが、朝廷と幕府、そして薩摩や長州といった有力藩の思惑が複雑に絡み合う状況の中で、良くも悪くも存在感を放つのは、やはりこの男、徳川慶喜だった。

次の将軍は慶喜しかいないが…

家茂の死は1カ月公表されずに伏せられたが、噂はたちまち広がってしまう。九州諸藩が帰国して次の事態に備える中、大阪城では、松平慶永と老中の板倉勝静が密談している。話題はもちろん、次期将軍についてだ。

「もはや慶喜しかいない」

2人は意見を固めるが、問題は慶喜が引き受けるかどうか。慶喜の「ややこしさ」は周知の事実である。簡単には引き受けないだろう。板倉はそう心配するが、慶永には自信があった。何度となく衝突を繰り返しながらも、慶喜との付き合いは長い。必ず慶喜に将軍を引き受けさせてみせる。慶永の自信は、こんな言葉となって現れた。

「あのお方は、ネジアゲの酒呑みですから」

「ネジアゲの酒呑み」とは、「いや、私は飲めないから……」と何度も固辞するが、人から何度もしつこく勧められて、いったん飲んでしまえば、底抜けに飲み続ける酒呑みのことだ。何度も説得すれば、慶喜は必ず折れる。慶永はそう踏んでいたのである。

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【ところがまったく応じるそぶりがない】

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