これらの国力評価ツールが失敗した理由の1つは、国家の危機管理オペレーションにおいて、いかに政治的リーダーシップが重要かという点を見落としていたからであるとされている。感染症危機管理オペレーションは軍事オペレーションに似ていると述べたが、軍事分野では、歴史上、指揮官(将軍)のリーダーシップの重要性が幾度も説かれている。感染症危機管理の専門家は、軍事分野から多くを学ぶことができるだろう。
もう1つの理由は、これらの指標が「槍先」しか評価していなかったことだと言われている。感染症危機管理オペレーションは国全体で行う総力戦のため、槍先に加えて、「銃後」も重要だ。たとえ政府の能力が優れていたとしても、それを支える基盤的社会システムが強固でなければ、国全体として高いパフォーマンスを出すことが難しいということである。
例えば、国民の医療へのアクセスのよし悪しなどの医療インフラが挙げられる。新型コロナに苦しむアメリカでは、平時から医療へのアクセスが容易ではなく、料金も高い。
これは、これまで日本政府が国際社会で説いてきた、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC=すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態のこと)の重要性が改めて認識されたとも言える。
日本の感染症危機管理の弱点は
新型コロナ危機を経て、感染症危機に対抗するためには、DIMEに加え、DIMEという国力発露の手段を使役する政治リーダーの力量と、それらを支える基盤的社会システムの重要性が認識された。
この6つの要素の中で、日本の感染症危機管理の弱点はどこにあるのだろうか。
例えば、日本の感染症危機管理オペレーションは、軍事分野からさまざまな考え方を学ぶことができる。戦争は、未知との遭遇の代表例である。敵の本当の抵抗力は、遭遇してみるまでわからない。
プロイセンの将軍であるクラウセヴィッツは、そのような戦争の本質に内在する不確実性について、戦場の「霧」と「摩擦」という言葉で表し、それらの克服は困難であると述べる。この二重苦の存在こそが実際の戦争と机上の戦争(訓練)の違いであり、自己と敵との不断の相互作用の結果、オペレーションが計画通りに進むことなどない。
感染症危機管理も、未知なる敵(病原体)との遭遇だ。新型コロナウイルスなど、現時点で人類に知られていない未知の病原体(Disease X)には、当初は科学的エビデンスなど存在しない。
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