名古屋「きしめん」が絶滅の危機に瀕しているワケ 味噌煮込みうどんにご当地料理の座を奪われた

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10年ほど前、堀江さんはお土産用や通販用の冷凍麺の製造を手がけたことがあった。しかし、当時の冷凍技術では納得のいく味や食感を生み出すことができず、泣く泣く断念したのだった。

一方、衣笠さんはきしめんの立ち食い店のチェーン展開が夢だった。JR名古屋駅のホームなどにある立ち食い店では業務用の冷凍麺を使用している。残念ながら、きしめん特有の、麺を噛んだときに歯を押し返すようなもっちりとした食感はない。それどころか箸で持ち上げたときに切れてしまうこともある。それは、駅や高速道路のSAでお土産物として売られているきしめんも同様だ。

対して、職人が丹精込めて打ち上げた麺は、透けるほど薄く延ばしているにもかかわらず、箸で持ち上げても切れることはない。これは麺を打つ際に使う塩水の塩分濃度と生地の熟成時間が関係している。

打ちたて、切りたての麺を茹でる(筆者撮影)

麺を茹でるときに生地から塩分が抜けて、麺がギュッと縮まる。讃岐うどんの場合はそれがコシとなるが、きしめんはもっちりとした食感となる。塩分濃度は讃岐うどんが9〜10%。夏場で15%未満。きしめんは15%前後。夏場は20%を超えることもあるという。

塩分濃度の高い生地を打つのはかなりの技術が要る。筆者は生地を触らせてもらったことがあるが、タイヤのゴムのように固くて、押しても凹まなかった。麺類食堂の店主は、生地を平たく延ばす作業を毎日行っているのである。

讃岐うどんは、朝に打った麺を昼に提供している。つまり、熟成期間は約6時間となる。きしめんは、一昼夜しっかりと生地を寝かせる。これが独特の食感を生み出すのだ。

名古屋にきしめんの立ち食い店がないのは、自家製麺でなければおいしいきしめんを作ることは不可能なうえ、立ち食い店のように安価で提供することできないからだと筆者は推測する。

手打ち麺のノウハウを機械に落とし込む

「星が丘製麺所」に話を戻そう。きしめんやうどんに使う小麦粉は、麺料理専用に品種改良を重ねて開発した愛知県産小麦「きぬあかり」を使用。極限まで薄く延ばしても切れず、もっちりとした食感が特徴だ。その持ち味を最大限に引き出すには、生地を足で踏んでは延ばして、折りたたんでまた踏む作業を繰り返す。こうして完成した生地を一昼夜寝かして熟成させた後、延ばして切る。

手打ちで麺を仕込んでいては、コストがかかるうえに大量生産もできないため、麺の製造は機械に委ねている。それが店内の製麺所のスペースに並ぶ製麺機だ。機械打ちと聞くとありがたみがないというか、ネガティブに捉えてしまう。

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