妻夫木聡と岡田准一の会話に見る「敬語」の難しさ 敬語は「敬意」ではなく「距離感」の表れ?

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なぜ妻夫木聡さんは「岡田准一さんの敬語」を残念がったのか?(写真:Andrew Chin/Getty)
わかっているようで、わからない「敬語の正しい使い方」。いったい、なぜ敬語は難しいのか? その理由を俳優の妻夫木聡さんと岡田准一さんのケースをもとに解説。関東学院大学教授、「社会言語学」の専門家である中村桃子氏による新書『「自分らしさ」と日本語』より一部抜粋・再構成してお届けする。

なぜ「敬語」は難しいのか?

私たちの敬語に対する意識が変化していることは、文部省(現文部科学省)も指摘している。文部省は、『国語審議会報告書20』(文化庁1996:301)で、現代の敬語について、以下の4つの特徴をあげている。

①表現形式の簡素化
②親疎の関係の重視
③聞き手への配慮が中心
④場面に応じた対人関係調整のための敬語

①は、複雑なものより簡素な敬語の形が好まれるようになったということ。

②は、上下関係による敬語の使い分けが弱まり、相手と親しいかどうかという距離感に基づいた親疎関係が重視されるようになったということ。

③は、話題に登場する人よりも聞き手への配慮が中心になった。素材敬語よりも対者敬語がより意識されるようになったということだ。

④は、①では簡素化が挙げられているが、店員がお客に対するときなどの商取引の場面では、極めて丁寧になる場合があるという指摘である。日本人の敬語に対する意識は戦後から長い期間を経て徐々に変化しているのである。

このように敬語意識が変化している状況では、同じ場面でも、ひとつの「正しい敬語」を決めることなどできない。たとえば、対者敬語のひとつである「です」の使い方に関しても、話し手は目上の人に「です」を使うことによって、上下関係にもとづく敬意を表しているつもりでも、聞き手が上下関係よりも親疎関係を重視すれば、「です」は相手との距離感をもたらしてしまう。

いくら目上の人に対してでも、「です」でばかり話していると、「いつまでたっても親しめない人だ」と誤解されかねない。同じ敬語を使っていても、さまざまな解釈が可能なのだ。

敬語の解釈が定まらないという現象は、現代の若者のコメントにも表れている。2018年10月に、俳優の岡田准一(当時37歳)と妻夫木聡(当時37歳)が映画『来る』の制作報告会に出席した。そこで、妻夫木聡が次のようにコメントしたのだ。

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