近藤真彦と伊藤健太郎の言葉が全く響かない訳 真剣に話しているのに共感も同情も得られない

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そもそも一度の書面で2つの意味を含ませるダブルミーニングは避けるべきであり、特に今回は不倫騒動に対する謝罪を退所報告の枕詞のように使ったことで、最後に「ありがとう」とたたみかけた感謝の気持ちが伝わりづらくなってしまいました。もし近藤さんが本当に感謝の気持ちを伝えたかったのなら、謝罪は別の書面に分けて退所のコメントに徹したほうがよかったのです。

「周囲の人々に甘えている」という印象

また、謝罪の言葉を入れるのなら、言葉に具体性が必要でした。単に「お詫び申し上げます」と形式的に書くだけではなく、事実や感情を含む言葉にしなかったことで、「とりあえず謝っておけばいいと思っている」とみなされてしまいます。

さらにもう1つ注目を集め、批判を呼んでいたのは、同時にジャニーズ事務所が発表したコメント。ジャニーズ事務所は、近藤さんの退所報告とファンへの感謝にふれたあと、「近藤より、これからの人生、自分の責任において芸能とレースの道を歩んでいきたいとの申し出がございましたので、弊社としましては、その意向を尊重し、自身で決めた道へと送り出すことといたしました」と今後の活動に言及し、「活動自粛期間中のご報告となりますこと、深くお詫び申し上げます」と謝罪しました。

近藤真彦さんはジャニーズ事務所を退所(写真:菅原達郎 /アフロ)

自分が去る組織に今後の活動を代弁させたこと、組織に迷惑をかけたまま去ること、お世話になった組織に最後まで謝らせてしまったこと。いずれも、「自分で責任を取らず、周囲の人々に甘えている」という印象を与え、近藤さんが「何を言っても説得力がない」という状態を招いてしまいました。やはり周囲の人々に甘えている印象がある人の言葉は響かないのです。

ビジネスパーソンの中にも、つい自分の責任を会社や同僚などに押しつけるようなことを言ってしまう人や、迷惑をかけ甘えた状態が続いている人がいるのではないでしょうか。周囲の人々にそんな印象を与えるほど、言葉に説得力がなくなっていくので気をつけたいところです。

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