(第35回)病気になりたがる人たち・その1

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山崎光夫

 「5月病」という病気があった。
 あったと過去形で書いたが、どっこい、現在もなお健在である。ただ、この病気がはじめて指摘された1960年代のころと、今とは内容や実態は様変わりしている。
 その昔、私が20代で最初にこの5月病を知ったとき、ずいぶんと粋な病気だと思ったものだ。つい、五月雨(さみだれ)をイメージしたので…。暗く落ち込む病気とは知らなかった。

 5月病はこころの病気である。激烈な競争を勝ち抜き、4月に入学や入社を果たしたフレッシュマンが5月の連休が明けたころから、無力感に陥る。
 ゴールデンウイークの「ゴールド」が曲者で、まとまった休み時間が逆に考える時間を作ってしまう。普通遊んで楽しむ「ゴールド」を、深刻な「コールド」の心に変えてしまう。

 「こんなはずではなかった」
 「友だちはうまくやっているのに」
 「これから続けて行けるだろうか」

 などと失望や不安にさいなまれる。
 喪失感、疲労、動揺などが相まって、勉強や仕事に意欲を失くして何もする気がしなくなる。不登校や出社拒否もあらわれる。
 医者は、「適応障害」と診断名をつけ、治療には、精神安定剤、抗不安剤などが処方される。

 ある大手不動産会社の人事担当者の話--。
 「御社はどんな研修をして新入社員を指導してもらえるのか」
と平気できいてくる学生が少なくないという。最初は驚いていたが、今は、ああまたかと思うだけという。
 大学の入学式に母親に連れられて登校する時代だから、学習塾風に手取り足取りして導いてもらわないと何もできないようだ。ただ、権利を主張するのは一人前である。

 こうした“学習塾タイプ”の若者が新環境に直面して適応できず、逃避の姿勢をとる。

 この5月病の新傾向として、5月ではなく6月に「5月病」に陥るケースが増えている。
 6月病である。
 これは会社の研修が終わるのが5月で、終わって1カ月ほど経過して症状があらわれるのである。「新5月病」と呼ばれたりもする。

 「6月病」だけではない。さらに「3月病」、「8月病」も生まれている。
 新入社員ではなく、中堅社員にあらわれる病気である。適応障害という点では5月病と一致しているが、原因が違う。
 訴える症状はさまざまな不定愁訴で、内科、精神科、眼科、耳鼻科など、あらゆる科に現われる。
 ベテラン医の説明--。
 「人事異動が発令されると、この種の患者が訪れます」
 会社の人事異動はふつう3月や8月に行なわれるものだが、その発令に対応して辞令内容に不満を持つ社員が罹る病気らしい。
 「辞令病」ともいえる。

 辞令に適応できないための不安や心配で精神症状があらわれる。
 この辞令病の社員の求めるのは医者の診断書である。
 だが、ここに複雑な事情が介在する………。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
山崎 光夫 作家

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やまざき みつお / Mitsuo Yamazaki

1947年福井市生まれ。早稲田大学卒業。TV番組構成業、雑誌記者を経て、小説家となる。1985年「安楽処方箋」で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。主な著書に『ジェンナーの遺言』『開花の人 福原有信の資生堂物語』『薬で読み解く江戸の事件史』『小説 曲直瀬道三』『鷗外青春診療録控 千住に吹く風』など多数。1998年『藪の中の家 芥川自死の謎を解く』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

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