(第34回)職業病あれこれ・その2

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山崎光夫

 これは私がテレビの仕事をしていたときの話--。
 あるテレビマンとホームで電車を待っていた。
 「発車時間をきちんと守れ」
と彼が駅員に文句を言い始めた。
 時刻表に「7時53分」と発車時間が記されている。
 駅員は平謝りで、
 「申し訳ありません。実は7時53分に発車できないのです」
と言う。
 この電車は、本当は、7時53分30秒発車という。時刻表は分単位で記されているので、秒部分は表記していない。
 彼はディレクターで日常的に秒単位の細かい時間をチェックしていた。分と秒に追われる生活が習い性となって、“不正確な時刻表”が気になったのだった。
 「時間敏感症」という名の、これは職業病のひとつかもしれない。

 歯科医からきいた話--。
 歯医者の常連にパン屋が多いという。
 最近、街を歩くと手作りパン屋がよく目につくようになったが、パン職人にとって歯科医通いが欠かせないらしい。
 これはパン作りの過程で絶対に酵母菌が必要で、酵母菌は歯のエナメル質を傷めるからだ。
 歯のトラブルはパン屋の職業病といえる。
 「パン屋さんはわれわれのよいお客さんです」
と歯科医は小さく笑った。

 そんな歯科医にも職業病はある。
 歯科医は、一時期、医者の中でも寿命が短いという短命説がいわれていたことがあった。
 これは歯科医が口の中の細かい作業を一日中立ち仕事でしなければならないためである。神経を使う上に、立った姿勢で下半身に負担をかけ、下肢静脈瘤(かしじょうみゃくりゅう)に罹りやすい。下肢には血液を心臓に送り返すための弁がついているが、長時間、立った姿勢でいると脚部の血流が悪くなり、瘤(こぶ)や潰瘍ができてしまう。心臓にも良くない。
 歯科医は神経と心臓に負担をかけているので長生きできないといわれてきた。そのせいかどうか、最近では椅子に座って治療する歯医者さんが増えてきていて短命説が消えてきている。
 病気を診るお医者さんにも職業病があるのである。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
山崎 光夫 作家

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やまざき みつお / Mitsuo Yamazaki

1947年福井市生まれ。早稲田大学卒業。TV番組構成業、雑誌記者を経て、小説家となる。1985年「安楽処方箋」で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。主な著書に『ジェンナーの遺言』『開花の人 福原有信の資生堂物語』『薬で読み解く江戸の事件史』『小説 曲直瀬道三』『鷗外青春診療録控 千住に吹く風』など多数。1998年『藪の中の家 芥川自死の謎を解く』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

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