日本のスポーツが「苦行」をベースに発展した訳 ドイツと日本で考える文化としてのスポーツ

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

高松:ここで会長としても関わっていらっしゃるサッカークラブ「AS.ラランジャ京都」の話を聞かせてください。どんなクラブですか?

上田:先ほど「フットボール」の概念についてお話しましたが、サッカークラブAS.ラランジャ京都は競技から社交にいたるまで「スポーツのコミュニティ」とすべきだと考えています。だからラランジャの目的は「同志」が近いですね。

高松:なるほど。

上田:「文化」というところで考えると、ボールあそびをするもよし。そして、なぜボールが転がるのかなんて考えるのもよし。自分はボールを蹴るのは嫌だけど、横で見ていて、ああだ、こうだと言うのが好き。そういういろんな関わり方で集まる人たちをひっくるめて全部、仲間じゃないか。そういう「同志」ですね。

高松:ラランジャはクラブハウスやグラウンドなどの「場所」は持っていない。また親御さんなんかは「習い事」の感覚でこどもをクラブに入会させると聞きます。

上田:はい。京都のどこに根があるの?と聞かれることが多々ありますね(笑)。それでも結果的に長いあいだメンバーになっているこどもたち、そして親御さんや選手たちが多いんです。

高松:なるほど、「コミュニティ」になっていますね。しかも、幼児から社会人まで幅広い年齢がメンバーです。その中でプレーヤーとしてのレベルもさまざまあると思いますが、いかがですか?

上田:上のレベルに行けば行くほど競技志向が強いですね。そこから、海外でもJリーグでもどんどん巣立てばいい。そして、ラランジャはいつでも戻ってこられる空間になってすでに30年を超えていますね。そういう点でも「コミュニティ」となっているのではないでしょうか。

「ジェントルマン」はクラブが生み出す

高松:元ラグビー日本代表監督で早稲田大の教授でもあった大西鐵之祐さん(1916~1995年)が著書で書かれているんですが、スポーツの有名選手だからジェントルマンというわけではなく、その選手がジェントルマンのクラブに長年いるからそうなった。あるいは、そういうクラブのメンバーとして生活しているうちに公平、正直、寛容などを体得していくと。

上田:そうですね。たまたまラランジャのメンバーになったこどもたちが自然にフットボールというコミュニティで時間を過ごし、経験や思考できる空間にしていこうよと、つねに理事・スタッフと目的を共有しています。

高松:いいですね。特別な取り組みなどはされているのでしょうか?

上田:例えば「ルールとは何なのか」。これを考えるために「なぜ近代スポーツのルールができたのか」、こんなことを言ってもこどもたちはわからないですよね(笑)。

高松:それでは大学の講義です(笑)。

上田:例えば農家のお手伝いなどに積極的に行きます。農作物を成育するなかで自然の摂理、つまりルールや生命を考える空間をつくります。

高松:なるほど。

上田:ここからスポーツを行う際に相手も生命を持った「人間」ということに気づいてもらい、ルールを無視して相手をやっつけてもいいのだろうか?勝つためにはなんでもしていいのだろうか?という問いかけを行っています。「ルールを守れ」、「相手を傷つけちゃ駄目だ」と直接言うのではなく、こどもがじわりと感じ取るような方法をとっています。

高松:すばらしい価値教育ですね。

次ページアイデアを出し合うこどもたち
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事