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ライフ #日本資本主義の父 渋沢栄一とは何者か

百戦錬磨の渋沢栄一が「大久保利通は嫌い」な訳 大蔵省では意見が対立して退官、実業家の道へ

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  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)
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どこの馬の骨かもわからない自分のことを大蔵省に抜擢した大隈について、渋沢はこんなことを言っている。

「他人の言葉を聞くよりも、他人に自分の言葉を聞かせるのを主とする御仁である」

まさに、言いくるめられた渋沢が体験したことだが、ほかの人に対してもそうだったらしい。何でも、大隈のところに「物を申してやろう」と面会した者はみな、逆に何か意見を言われて、すごすごと帰ってくるのが常だったようだ。そんな「大隈対策」として、渋沢は大隈と話すとき、必ず先にこう言っておくのだという。

「今日は、かくかくの用件を申し上げるためにせっかく参ったのですから、これだけのことはぜひお聞き取りを願いたい。ご意見のほうは、当方から申し上げることをお聞き取りくだされたうえで、うかがうことにいたしたいから」

しっかりと人物を見極めていた渋沢

これを渋沢に毎回言わせる大隈もなかなかのものである。大隈は途中から横道に話を引き込んで、自分の話を聞かせる達人だったようだ。

これも一つの話術だろう。大隈のような人物と話すときは、相手がべらべらと話すため、ついこちらも心を許しがちである。だが、渋沢はしっかりと人物を見極めており、大隈についてこうも言っている。

「容易に他人の話を聞こうとしないわりに、他人がちょっと話したことを案外よく記憶されている」

大隈は、渋沢が大蔵省を辞めて、銀行を設立するときも、多くの人間が反対する中「大蔵省としても君のような人物が銀行に入って手を尽くしてくれること喜ぶ」と、後押ししている。渋沢の言うように、その話術で自分のペースに巻き込みながらも、相手を深く洞察することに、大隈は長けていたのであろう。

そんな大隈のことを渋沢は「大隈参議だけは、大蔵省の実際の状況をも熟知していた」と、その見識も高く評価していた。

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【大久保利通のことは厳しくこき下ろした】

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