日本とアメリカの「中国観」は世界標準なのか 日本とアメリカの対中観には偏見がある

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菅は「香港の選挙制度に関する全人代の決定について重大な懸念を表明し、新疆ウイグル自治区に関する人権状況についても深刻な懸念」を表明したが、共同声明には一切盛り込まれなかった。このように共同声明は中国批判を徹底して封印した。(1)の「『自由で開かれたインド太平洋』を共通理念にする」を除けば、(2)~(4)は中国ですら賛成できる内容だ。薄めた理由はインドを引き入れるためである。それに代わり、新型コロナウイルスのインド製ワクチンを途上国に供与する枠組みを前面に出したのだ。

QUAD首脳会議開催についてバイデンはまず2021年1月27日、菅との電話会談で提案した。モリソンとは同年2月3日、モディには2月8日の電話会談で持ち掛け、当初は2月中の開催を目指していた。しかしインドが開催に難色を示したことから、バイデンは、インドがイギリスのアストラゼネカ社のワクチンをライセンス生産し、世界のワクチンの約6割を生産する「ワクチン大国」であることに着目し、安全保障色を薄め、インド産ワクチンをインド太平洋諸国に供与する資金枠組みの構築に設定し、インドが乗りやすい環境を作った。

「中国敵視」には日本が思うような普遍性はない

インドがQUAD首脳会合に参加したからと言って、「準同盟国」になったと見るのは早計だ。伝統的に非同盟政策を採ってきたインドは「戦略的自律性」を基調に、時には「ヒンズー・ナショナリズム」が鎌首をもたげる「帝国」である。将棋のコマのように扱うと、しっぺ返しに遭うだろう。

2020年の中国・インド国境衝突を機に、インドは動画投稿アプリTikTokなど中国製アプリ使用を禁止する「反中ナショナリズム」をあおり、インド各地で反中デモや中国製品ボイコットが広がった。だが対中姿勢は一筋縄ではいかない。「一帯一路」は、宿敵のパキスタン支援の案件が入っているため反対しているが、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)には加盟し、インドはAIIBの最大の被融資国だ。中国とロシア主導の「上海協力機構」(SCO)にも加盟し、新興5カ国(BRICS)首脳会議のメンバーである。アメリカ一極支配にはくみしない「多極化世界」の担い手である。

日本とアメリカの「2プラス2」が中国名指し批判に踏み込み、メディアでは中国が尖閣諸島(中国名:魚釣島)を今にも「武力で奪いかねない」など、バイアスのかかった報道(https://www.businessinsider.jp/post-225595)(https://www.businessinsider.jp/post-229602)が目立つ。しかし日本とアメリカの中国を敵視する姿勢が「普遍的だ」と錯覚してはならない。インドやASEAN諸国は、「アメリカか中国か」の二択を迫る「新冷戦思考」にくみしてはいない。

「共通の敵」の脅威をあおり抑止を強調するだけでは、軍拡競争を招く「安保のジレンマ」に陥るだけである。安全保障とは抑止だけでなく、外交努力を重ね地域の「安定」を確立するのが本来の目的であろう。QUADの共同声明を「インド太平洋」安定のひとつのモデルとみてもいい。(一部敬称略)

岡田 充 ジャーナリスト

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おかだ たかし / Takashi Okada

1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て、2008年から22年まで共同通信客員論説委員。著書に「中国と台湾対立と共存の両岸関係」「米中新冷戦の落とし穴」など。「岡田充の海峡両岸論」を連載中。

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