もし、細胞にアポトーシスのシステムがなく、仮に寿命が300歳だとしたら……。
例えば100歳まで生きたとしても、残り200年。考えただけでも、何か空虚なものに思えてしまいませんか。
『旧約聖書』に書かれた人間の寿命=120年、ではないですが、そういった限りがあることによって、「自分はどう生きればいいのか」「自分は何者か」と深く考えることにつながり、一日一日がかけがえのないものになると言えますね。
ちなみにこの人間の寿命=120年と聞いて真っ先に思い出すのが、1986(昭和61)年、120歳で亡くなったと「された」鹿児島県徳之島出身の泉重千代さんです。
「された」としたのは、その後の調査で本当は105歳だったのではないか、となっているためです。
着替えや布団畳みを1人で行っていた
とはいえ、当時はこの泉さんの長寿にあやかろうと、多くのメディアが取材したり、観光客も訪れたりして、こんな記録が残っています。
極め付きがこの会話です。
年齢を重ねても、明るく、こういうユーモアを持ちたいところです。

