今も放射性物質の不安「福島の漁師」厳しい現実

2月にも基準値を超える魚が水揚げされた

福島県の水揚げ量は今も震災前の水準には遠く及ばない(写真:岡田広行)
東北地方を中心にとてつもない被害をもたらした東日本大震災から今年3月11日で10年になる。被災者はどんな思いを抱えて過ごしてきたのか。作家・ジャーナリストの青沼陽一郎氏がリポートする第2回は福島の漁師の実態をお届けする。
前回:苦難を越え「福島の被災少年」が掴んだ驚きの夢

3月11日も船を出していたベテラン漁師

東日本太平洋沖でマグニチュード9.0の巨大地震が発生したあの日、もう60歳に近いベテランの漁師がひとり、福島県の沖合で底引き網を引いていた。海の波の上にいたから、地面が揺れていることも、潮位の変化もまったく気付かなかった。ただ、

「網に異常はなったんだけど、軽快だった網を引くエンジン音が、急に何かにからまったみたいな、ガッガッガッ!という重い音に変わって、それが地震だったんだな」

あとで振り返って、そう語っている。そのタイミングでの携帯電話の速報と、直後に届いた家族からのメールで地震を知った。

しばらくすると、同じ漁港の船が4隻やってきた。「大津波が来る!」と叫んでいた。それで船を港から沖に避難させてきた。その船といっしょに一晩を海の上で過ごした。雪が降って、風が吹く、寒い日だった。陸地は真っ暗だった。

海岸線に近い自宅は、床上浸水した程度で損壊は免れた。すぐに避難所へ逃げた家族とも再会することができた。ただ、あの日獲った魚を市場に持っていったところで、引き受けてくれなかった。仕方がない。魚を海に廃棄するために、再び沖に出た。その最中に、福島第一原子力発電所の3号機が爆発した。2日前には1号機の原子炉建屋が吹っ飛んでいる。

その福島第一と第二原発の見える海域が、40年近く続けてきた漁師の漁場だった。

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