東京以外の公演では、白川氏のチームが中心になって、ホテルの部屋にお弁当やビール、ソフトドリンクを差し入れた。
彼らが一言も不満をもらすことなく、ルールに従ったのは、演奏家としてのプロフェッショナル精神があってこそだろう。また、困難を乗り越えて演奏することに誇りと喜びを感じているからだろう。
私は、5日目となる11月10日の東京公演に出かけた。これまでウィーン・フィルが来日するたびに、長年にわたって聴いてきた。
休憩をはさんで、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」が演奏された。指揮は、ワレリー・ゲルギエフ氏である。
満席満場の拍手のなか、マスク姿の90名の楽団員があらわれ、自席に着いてマスクを外した。ソーシャルディスタンスなしの通常のオーケストラ配置である。
ディスタンスをとった演奏は、音楽のクオリティーに影響する。通常配置の演奏は、最高の音を届けたいという強烈なまでのプロ意識のあらわれであり、そのためにエアロゾル実験や定期的な検査など、やるべきことをやってきたのだ。
音の響きは、いつもと違うように感じられた。
「心への響き方が違っていたのかも」
白川氏は、次のように説明する。
「生の人間が演奏しているので、毎回、音は違っていると思うんです。演奏自体はいつもどおり、よかったんですけど、心への響き方が違っていたのかもしれません。お客さまの演奏に対する受け止め方が、より切実というか、深いというか、そういう感じはありましたね」
演奏が終わりを迎えると、ステージ明かりが少し絞られ、ゲルギエフ氏は団員とともに静かに目を閉じ、ウィーンのテロで亡くなった人とともに、コロナ禍で倒れた人への鎮魂を捧げた。
そして、満場の拍手が湧き起こった。ゲルニエフ氏はしばし拍手を受け止めたあと、スッと背を向け、目に手をやった。
「いや、確かに泣いていましたね」と、白川氏はいう。「悲愴」は、ゲルギエフ氏の母国ロシアのものだ。特別な感慨があったに違いない。
ツアーは、11月14日の東京公演をもって、無事、終了した。海外のクラシック音楽サイトのBachtrackでは、めったにつかない5つ星の評価がついた。外国人記者たちは、「ミラクル」と評した。
ウィーン・フィルの来日公演は、コロナの拡大で影響を受けている世界の人びとへの力強いメッセージといえる。今夏の東京五輪・パラリンピックは、ウィーン・フィルの何十倍もの規模だ。多くの懸念が指摘され、世界中が見守る中で開催を進めるのであれば、こうした感染防止措置を関係各所でやりきらねばなるまい。
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