何でも入手できる米国「精子バンク」の驚く値段 家族法研究者が考える「選択的シングルマザー」

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生殖機能や子宮、卵管の検査で特に難しい点が見つからなければ、先ほどのお話のとおり人工授精がもっともシンプルな方法だそうだ。

子宮のそばに精子をダイレクトに注射するというロンダの説明に、私はぎょっとする。しかし彼女は、実際には至極簡単な施術で、妊娠過程も通常の妊娠となんら変わりはないから心配しなくていいと告げる。簡単な施術だけに1回につき150ドルで済んでしまうらしい。もっとも、性行為による妊娠と同じで、確率の問題がある。

「妊娠しやすい時期を狙って注入しても、1回で成功するのはまれよ」というロンダの言葉からすれば、複数回のトライが必要になりそうである。
じゃあ、何回続けたら妊娠できるのか? この質問に対して、インタビューした医師やクリニックは、「妊娠の確率は個人差が大きいので、一概にはいえません」と回答を避ける。

人工授精を使用して妊娠した女性の経験を聞いてみると、彼女は2回目のトライで成功したという。ロンダによれば、これはラッキーなケースだそうだ。とすれば、まあ、だいたい5回くらいは必要なのだろうか。1回につき150ドル、それが5回ということで、しめて750ドルという計算になる。

今は金額も変わってきているかもしれないが、私が当時のアメリカで調査した限りでは、仮に5回治療したと想定して、その他の検査との合計でこれだけで3345ドルくらいだろうか。もちろん、アメリカの医療は日本と比べてかなり高額なので、それ以上にさまざまな費用をとられるのだろう。

ただし、ボストンのあるマサチューセッツ州の場合、不妊治療は保険でカバーされる。この場合の不妊の定義とは、35歳以下の女性ならば1年間、36歳以上ならば6カ月間トライし続けても妊娠できなかったことを指す。

「ふつうの家族」とは何なのか

ハーバードのゼミの演習で、私はこう結論づけた。ある程度の金銭を負担し、自分ひとりでやり抜く覚悟があれば、「選択的シングルマザー」は手の届く範囲ともいえるでしょう、と。

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だが、ここで問題になるのは、子どもがほしいという母のエゴが子どもの未来を歪めていないかという点だろう。同じような体験学習の一環で、私は「子どもを傷つけてしまうかもしれない」と悩みながらも精子提供を受けて、子どもに愛情を注いでいる女性にインタビューした。

彼女は抽象的に「子の幸せ」を語ったりしなかった。ただただ、“ふつうじゃない”とレッテルを貼られるかもしれないこの子に、何を語り、何を教え、どうやってその存在を丸ごと肯定するか。毎日毎日、今目の前にいるこの子に具体的に向き合っていた。

「ふつうの家族」で育った子どもは幸せで、「ふつうじゃない家族」で育った子どもは余計な苦労を背負うんだろうか。だが、いったい「ふつうの家族」って何なんだろう?

家族はこうあるべきという抽象的な規範から離れて、今、目の前にいるこの親子、この2人の間の絆に目を向けてみよう。そこに確かにある温かさ――それこそが「家族」なのではないか。

山口 真由 信州大学特任教授
やまぐち まゆ / Mayu Yamaguchi

1983年、札幌市生まれ。東京大学法学部卒。財務省、法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。2017年にニューヨーク州弁護士登録。帰国後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学し、2020年に修了。博士(法学)。現在は信州大学特任教授。『「ふつうの家族」にさようなら』(KADOKAWA)、『「超」勉強力』(プレジデント社、共著)、『いいエリート、わるいエリート』(新潮社)、『ハーバードで喝采された日本の強み』(扶桑社)など著書多数。山口真由オフィシャルブログ(http://www.mayuyamaguchi.com/

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