フクシマとコロナが露わにした日本の根本弱点 国民の安全を保障する体制をいまだ作れてない

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「新型コロナの流行の終焉が見通せない中、行政の要請や指示に国民が常に自主的に協力してくれることを所与の前提とした危機管理体制は重大な脆弱性を抱えている」。

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)が立ち上げた新型コロナ対応民間臨調の調査・検証報告書は、そのように指摘した後、次のような点を含む提言を行っている。

1 新型インフルエンザ等特措法を中心とする現在の感染症危機対応法制を罰則と補償措置を伴う法制へと早急に見直す。
2 感染症危機発生時における政府および地方自治体の十分な有事対応体制を確保するため、感染症危機管理に関する予備役制度を創設する。
3 パンデミック対策などの国家的なテールリスク事案への備えについては各省予算とは別枠で予算確保する。いずれも「国民安全保障国家」としての「国の形」をつくりあげていくことを求めている。

精神の自立を欠いた安全と安全保障が生んだいびつな形

2012年12月に刊行した『カウントダウン・メルトダウン』の「あとがき」で、私はこの本の隠れたテーマは「原子力の『安全神話』の構造とその神話を育ててきた自立の欠如を照射」することでもあった、と述べた後で、次のように記した。

精神の自立を欠いた安全と安全保障は戦後、いびつな日本の形を生み出してきた。

その歴史的遺制と限界を私たちは思い知らされたのである。

福島第一原発危機は、究極のところ、日本の「国の形」と日本の「戦後の形」を問うたのである。

「国の形」とは、法制、人材配置、資源配分、情報収集、リスク評価、指揮系統、リーダーシップなどの面で他者依存の構造と精神を濃厚に持つ政府と社会のありようのことである。「戦後の形」は、戦後、再出発した日本においてむしろこうした国家的課題が看過され、忌避され、反発さえ受けてきた遺制の負荷のことである。

「戦後の形」は「戦前の形」との対比において問題を指摘しているのではない。戦前がよかったと言っているのではない。「戦前の形」はこの課題に取り組むのに失敗した。その反省の上に「戦後の形」――主権在民――が追求され、構築されたのである。ただ、その過程で「戦後の形」が積み残したものも多かった。国家的危機の際のガバナンスの在り方がその一つである。

『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」(上下巻、文芸春秋)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

有事にどう備えるか、司令塔の体制、政府と自治体の権限と責任、国民の権利と義務、有事と平時の切り替え、平時における有事への備え・・・法制・人事・予算、そして意識と覚悟の面で、日本が戦後、正面から取り組めなかった課題がある。「戦後の形」は国民の安全を保障する体制をいまだにつくりえていない。

拙著『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』においても、再び、同じことを問いている。日本は、「国民安全保障国家」を作り上げるときである。

船橋 洋一 アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長

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ふなばし よういち / Yoichi Funabashi

1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒業。1968年朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、2007年~2010年12月朝日新聞社主筆。現在は、現代日本が抱えるさまざまな問題をグローバルな文脈の中で分析し提言を続けるシンクタンクである財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブの理事長。現代史の現場を鳥瞰する視点で描く数々のノンフィクションをものしているジャーナリストでもある。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(2013年 文藝春秋)『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(2006年 朝日新聞社) など。

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