ブラジルで小耳にはさんだ、W杯開催の本音 W杯は、誰のための大会なのか?

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ワールドカップの裏にある本音は……

「マナウスにはブラジル国内選手権に所属するチームがないんだよ。そこに収容人数4万人規模のスタジアムを作っても、ブラジルの人気チームが来る年間数試合を除けば、観客席がいっぱいになることなんてない。こんなものを作ってどうするんだか……」

マナウスのタクシー運転手がため息まじりに話してくれました。彼はワールドカップの全試合の結果を把握している、ブラジルでサッカーをこよなく愛するひとりです。そんな彼ですら、今回のワールドカップに賛成できないと言っているのです。

また、日本の初戦が行われたレシフェから戻る飛行機で隣になった、リオデジャネイロの日系企業で働く20代の女性も、次のように言っていました。

「この国にサッカーが必要だということは、皆、わかっている。でも、税金の負担は大きくなっているのに、医療や福祉の改善がとても遅れている。税金が明らかに無駄遣いされているうえに、スタジアムなどを作る際に使われたおカネが不明瞭なの」

日本でも報道されているように、ワールドカップ期間中もブラジル各地ではワールドカップ反対デモが頻発しています。こうしたデモに参加している人は、全体から見たら確かに一部でしょう。ただ、そこまで過激に反対していなくとも、世論調査のとおり、多くの人が大なり小なりワールドカップを不満に思っているのは事実です。

ワールドカップ決勝戦が行われるリオデジャネイロのコパカバーナビーチでは、連日、ブラジル国内最大のパブリックビューイングが行われているが、その隣の通りでは大規模な反対デモが。大通りの信号が壊されるなどの被害も

ワールドカップは、そもそも誰のための大会なのか?

ワールドカップは視聴者数という点のみならず、多くのおカネがグローバルに動く世界最大のイベントです。しかし、グローバルなスポーツビジネスとしての構造ができればできるほど、現地の人に対する恩恵は薄れていき、「現地の人の、現地の人による、現地の人のための大会」ではなくなっていきます。

象徴的なのは、スタジアム内です。世界を代表するスポンサー企業が物販やイベントを行っており、地元の企業は1社もありません。外からの飲食の持ち込みも厳しく禁止されているため、スタジアム内はもちろん、スタジアム外でも日本での地域イベントでよく見られるような、地元のおばあちゃんが作った物品や食べ物が並ぶ屋台があるわけでもない。地域を知るという意味での地元との接触体験はとても乏しいと言えます。

実際、私は夕食を食べずに試合観戦に行き、スタジアム内で何か食べようと考えていたのですが、食べ物の選択肢はほぼなく、これには非常に困りました。

さらに、私のように弾丸ツアー的に行ってしまうと、空港からスタジアムに直行、直帰になってしまうため、試合が開催されている地域についてまったく知ることもなく、そしておカネを落とすこともなく、帰ってしまうのです。これは開催地に恩恵がないだけでなく、私たちにとっても、開催国のことを知る最高の機会を得ているにもかかわらず、その機会を惜しくもそのまま失っていると言えます。

「確かに試合がある日は忙しくなるけどね。そんなにすごく忙しいわけじゃないよ。だって、皆、試合だけ見て、ホテルに泊まって、すぐ帰ってしまうんだ。マナウスのような地方都市にはあまり恩恵はないね」

マナウスのタクシー運転手の人も、そうつぶやいていました。

「地元の人たちにあまり経済的に恩恵がないだけじゃなくて、地元の人たちはチケットを取るのも難しい。ブラジルの最低賃金は700レアル(300ドル)くらいだけど、ワールドカップのチケットの最低価格は90ドルで、なかなか買える金額じゃない。もちろん、スタジアム以外のいろいろなところで盛り上がるけどね」

これでは、スタジアムを作るために税金という負担は背負ったけれども、その結果、何の恩恵を受けられるのかが見えない。だから「賛成できない」という世論になってもおかしくありません。

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