こんなずさんな計画にもかかわらず、血気盛んな渋沢は、実現にあたっての障害はただ一つだと考えていた。それは、父である。
父に理解してもらおうとは思わなかったが、このまま計画を実行しては、家族に迷惑がかかる。自分の思いをぶつけて、勘当してもらう、つまり、親子の縁を切ってもらおうと渋沢は考えた。
父も最近の様子から不穏な雰囲気を感じ取っていたらしい。渋沢が「天下が乱れる日には農民だからといってのんびり家にはいられない」と切り出すと、父は話をさえぎった。
「それはお前が自分の役割をこえて、いわば望むべきではないものを望んでいるのではないか」
世の中を論じるのは構わない。だが、農民には農民の役割があり、それをまっとうするべきではないか――。父がそう反論すると、渋沢も負けてはいない。
「もし日本の国がこのまま沈むような場合でも、『自分は農民だから少しも関係ない』といって傍観していられるのでしょうか」
「おのおの好きな道に従うのが潔い」
親子の議論は続く。父も必死だったに違いない。もちろん計画のことは、知る由もなかったが、親には聞かなくてもわかることがある。息子は何かをとんでもないことを、しでかそうとしている。
一方で、息子ももう23歳である。親から離れて、自分の人生を生きるべきだとも思う。葛藤のなか、父はこう言った。
「お前はもはや種類の違う人間だから、相談相手にはならない。このうえは父と子でおのおの、その好きな道に従っていくのがむしろ潔いというものだ」
血を吐くような思いだったことだろう。父は渋沢を勘当した。そして、渋沢は、国家転覆のためのクーデターを実行することになった。
(文中敬称略、第3回に続く)
- 【参考文献】
- 渋沢栄一 、守屋 淳『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)
- 渋沢栄一『青淵論叢 道徳経済合一説』 (講談社学術文庫)
- 幸田露伴『渋沢栄一伝』(岩波文庫)
- 木村昌人『渋沢栄一 ――日本のインフラを創った民間経済の巨人』 (ちくま新書)
- 橘木俊詔『渋沢栄一』 (平凡社新書)
- 岩井善弘、齊藤聡『先人たちに学ぶマネジメント』(ミネルヴァ書房)
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