養老孟司「なぜ人間の意識は存在するのか」 脳にあってコンピューターにはないもの

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皆さん方の意識もある状態を典型的に毎日繰り返しています。日中は覚醒していますが、夜になると眠っています。覚醒した状態でも半分居眠りをしている状態があります。

それから同じ寝ていても、夢を見ている状態と完全に眠って熟睡している状態は違います。皆さん方が毎日寝ているときに脳幹から大脳に指令が行っているわけですが、起きているときは脳に非常に細かい波が出ている。

脳波計というのは表面に電極を当てて脳の中で起こっている大きな電位変化を記録する機械です。表面に電極を当てていますから大脳皮質の活動しかわかりません。表面の定期的な活動がまずもろに出てくる。非常に細かい波を呈しているときは、奥の方は計算で導出するしかない。

覚醒時の脳波は細かい波がたくさん出ています。寝ている状態でも、覚醒時とまったく同じような細かい波が出ている状態が繰り返し起こっています。つまり、外から見ると寝ているのだけど、覚醒時の脳波が出ている時期がある。

それに対して、いわゆる睡眠の脳波はα波と呼んでいますが、これは細かい波ではなくて、ある一定の周期性を持った、ゆっくりした波です。これは寝ていることを表しています。寝ているのに覚醒時の脳波が出ているのは、夢を見ている状態です。これをレム睡眠といいます。ぐっすり寝ている状態と、夢を見ている状態は、一晩の間に繰り返し起こっています。

これでおわかりのように、意識は1つではないということです。寝ている状態であっても1つではないし、起きている状態でも1つではない。それから臨死体験はさらに特殊な意識状態です。

意識はなぜあるのか

意識は自分が何をしているかをある程度知っています。では、いったいなぜこんなものがあるのでしょうか。意識があるのは人間だけだという考え方がありますが、これはどうだかわかりません。

ネコにも寝ているときと起きているときがあって、寝ているときにはレム睡眠と普通の睡眠の両方がちゃんとありますから、ネコもある程度意識があるのでしょう。

ヒトの場合、意識の有無を典型的に示しているのは言語です。怪我をして倒れていて、意識があるのかないのかはっきりしない人でも、口をきいたら、大体の人は意識が戻ったというふうにお考えでしょう。人の場合は言語がほとんど意識と等しく置かれています。

では言語とはどういうものでしょうか。言語とは非常に短く表現しますと、さまざまな脳の活動を共通して使う機能であるということです。端的にいうと、特に近代言語は、目と耳、つまり視覚系、聴覚系の2つの情報系を共通処理する規則です。

皆さんは私の話が耳から入っている。それをメモしていますが、メモした文字は目から入る。耳から入っても、目から入っても同じ日本語です。これは情報処理系としては、非常に奇妙なもので、テレビカメラを通してもマイクを通しても同じ情報だということです。それが言語の規則です。

そもそも、目から入ったものと耳から入ったものが共通に処理できるという保証など、どこにもないのです。ヒトの脳は、勝手に目から入ったものと耳から入ったものを共通にすることができる。ヒトの脳はそうなってしまったとしか、言いようがありません。

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