養老孟司「なぜ人間の意識は存在するのか」 脳にあってコンピューターにはないもの

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大脳皮質を一枚の膜とお考えください。新聞紙ぐらいの大きさの膜です。その膜を頭蓋内という狭いところに押し込めるから、脳の表面が皺だらけになるわけです。

目から入ったものは脳のどこへくるかというと、大脳皮質のいちばん後ろ、後頭葉に情報が伝わります。耳からの入力は側頭葉にやってきます。つまり、大脳皮質の端っこの場所に目からの刺激がやってきて、横のところに耳からの音が入ってきます。

次に何をするのかというと、刺激は中継点をいくつか通り、視床から大脳皮質に送られます。皮質ではさらに、一次、二次から高次の中枢へ送られることになります。それぞれの次のエリアで別な処理をします。

例えば皆さん方の目に映っている像はどんなものかというと、写真のような点の集合です。点の集合だけなのに、次の中継点では直線をつくったり、角をつくったり、コントラストを付けたりします。網膜にはただ光の濃淡が点灯して、それを後ろに持ってきて、さまざまな処理をしていきます。

脳の中で起こっている処理

目に見えている視野全体がいっぺんに処理されていかないと、何も見たことになりませんから、脳の中に入っても絶えず同じ像が繰り返されて処理されていきます。ですから皮質の一次視覚領の中に映っている姿は、皆さんの網膜に映ってる像を縮小している。じつはそのままではないのですが、そういう感じで次々に処理しています。

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ですから、直観的には、大脳皮質の中を波が伝わっているとお考えください。情報処理の波が。耳のほうも同じことをやります。すると同じ大脳皮質の中で、目から来た波と耳から来た波とがぶつかってしまう。

じつはそこに発生するのが言語であり、ここから運動系につながっていって、運動系から口に出てきて、しゃべっているのです。

言語が意識の典型とされているのは、大脳皮質の中の諸感覚と連動した部分に、間違いなく意識の重要な部分があるからです。そういう形で意識が存在しています。

なぜ存在するのか。これはヒトが社会生活をするから意識が発達した、と私は考えています。意識は、自分の脳がどういうふうに働くか、それを知っていることです。

そうしますと、社会生活をしているときに、自分の脳が何をしてるか知っていますと、他人の脳が何をするかが理解できる。商売なんかほとんどそうです。他人が何を考えているかを考えて、儲かると思ってやるわけですから。

皆さんは、これは他人の脳の理解だと誤解しているかもしれませんが、自分の脳の理解がすべてです。それを典型的に示しているのは、皆さん方の脳がなくなったら、他人のことを知っているつもりでも何もわからない。じつは本当に知っているのは自分の脳だけです。

そういう意味で、社会生活をしていく場合に、もし、自分の脳が何をしているかをよりよく知ることができる能力が発達するとしますと、他人の脳の理解が進み、有利ですね。

養老 孟司 解剖学者

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ようろう たけし / Takeshi Youro

1937年鎌倉市生まれ。東京大学医学部を卒業後、解剖学教室に入る。東京大学大学院医学系研究科基礎医学専攻博士課程を修了。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。東京大学名誉教授。『からだの見方』(筑摩書房、1988年)『唯脳論』(青土社、1989年)など著書多数。最新刊は『ものがわかるということ』(祥伝社、2023年)

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