資本取引が自由化されたことの影響
これは、1980年代以降、国際的な資本取引が自由に行われるようになったことの結果である。70年代までの世界経済の枠組みでは、為替取引の「実需原則」があった(先物外国為替取引には実需の裏づけが必要との規制)。その下では、上のようなことは起きず、次のようになっていたはずである。
たとえばアメリカが日本からの自動車輸入を増やしたとする。代金はドルで支払われるだろうが、日本の自動車会社は、日本での賃金支払いなどに充てるため、それを円に変える必要がある。つまり、円に対する需要が増えて、円高になるわけだ。他の輸出国でも同じようなことが起きるから、ドル以外の通貨に対する需要が高まり、ドルは安くなる(円や人民元が増価する)。すると、アメリカ国内で見た輸入品の価格は上昇する。したがって輸入品に対する需要が減る。アメリカの輸入は減り、経常赤字の拡大に歯止めがかかるはずだ。
つまり、アメリカが経常赤字を増やせば、ドル安になり、赤字は縮小してゆくのである。昔の国際金融の教科書に書いてあった「国際収支の調整メカニズム」とは、このようなものであった。「経常黒字国の通貨が増価し、経常赤字国の通貨が減価する」というプライスメカニズムを通じて、経常収支のアンバランスは自動的に調整されるはずなのである。
ところが、80年代に資本取引の実需原則は廃止され、貿易取引に関係のない資本取引が可能になった(日本では84年に廃止)。
実需原則がない世界では、資本取引は投資の安全性と収益性によって決まる。アメリカへの投資が高い収益を生み、回収が安全確実と評価されれば、経常赤字があっても投資が続く。つまり黒字還流が生じる。
このため、アメリカの経常収支が拡大しても、ドル安になるとはかぎらない。だからアメリカは引き続き輸入を増やし続け、経常収支の赤字を拡大し続けた。つまり、70年代までの国際経済学の教科書に書いてあった経常収支の自動調整メカニズムは、働かなくなってしまったのだ。