私も以前から、これは重要なことだと思っていました。留学生だったとき、コーヒーメーカーが置いてある部屋に集まってくるものたちの会話から論文のテーマを掴むことができたという、私自身の経験に基づくものです。
こうしたことがあるので、「だから在宅勤務はダメだ」「だから実際に会わなくてはダメだ」という意見が出てきます(こう叫んでいる人の顔が見えるようです)。
コストとの比較が必要
ただ、「だから在宅勤務はダメだ」という考えには、問題があります。
まず、情報が欠落するとしても、対処が可能な場合があります。先の例で言えば、Web会議であっても、常にカレンダーが見えるようにしておけば、対処できるでしょう。
一度は失敗しても、試行錯誤で解決することができる場合が多いと思います。
より本質的な問題は、リアルな会合を持つためのコストを考慮していないことです。
コストと利益を比較してWeb会議を評価しなければならないにもかかわらず、それを行っていないのです。
Web会議で情報が欠落するとしても、「それによる被害は、本当に大きなものか?」「リアルな会合をすることが正当化されるほど大きいか?」という検討が必要です。
逆に言えば、実際に集まるにはコストがかかる。「そのコストに見合うだけの情報が得られているのか?」という検討です。そして、コストと利益の比較において、最もいい組み合わせを見いだしていく必要があります。
そうしたことを考えずに「Web会議はダメ」というのは、単に、これまでの方式を変えたくないという、悪しき保守主義以外の何物でもありません。
コロナ禍においては、リアルな会合を持つためのコストが高くなったために、情報が欠落するとしても、それが正当化される場合がありうるのです。
では、コロナが終われば、リアルな会合を持つコストは低くなり、Web会議はすべて否定されるのでしょうか?
リモートとは、コロナ禍だけの特殊な形態であり、本来は望ましくないものなのでしょうか? そして、人々はできるだけ直接に対面するほうがよいのでしょうか?
必ずしもそういうことにはなりません
理由は2つあります。
第1に、これまでリアルの会合が持たれていたのは、必ずしも利益とコストの比較による合理的な判断の結果とは言えないからです。
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