末期がん妻が新聞記者の夫に遺した意外なもの 50代夫婦、2人暮らしの涙と笑いの奮闘記

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診断の翌日、「治療で体調が悪いとき、僕が家事をできるように教えてよ」と妻に申し出た。結婚した当初、家事を分担するつもりだったが、洗い物を台所に放置する僕に、妻は1カ月で「家がごちゃごちゃになる。今後いっさい家事は禁止や!」とぶち切れたのだった。だが今回は「ビシビシいくから覚悟やで」と妻は申し出を快諾した。

最初に渡されたレシピは「なすと豚肉とピーマンのこってり炒め(※レシピ1)」。台所に立ってナスを切ろうとしたら「順番がちゃう!」。最初は、ミソと酒と砂糖をまぜて調味液をつくるんだそうだ。「まな板が臭くなるから肉を先に切るな!」「なんやその手つき! ナスより前に指を切るど!」……絶え間なく叱声が飛ぶ。鬼コーチかよ……。

できた料理はニンニクとショウガの風味が効いておいしかった。「私の言った通りにつくればまずくなるはずがないわな」と妻はえらそうにふんぞり返った。

 夕食後、フライパンや食器をザッと洗って「作業終了!」と宣言したら「終了やて?」とにらむ。あわててシンクを洗おうとすると「先に食器をふかんと、はねた洗剤がつくやろ」「排水口も洗わんとぬるぬるや」。ごみのたまった排水ネットを捨てて、排水口の内側をスポンジでみがき、はねた水をふいてやっと解放された。

セカンドオピニオンの病院を探す

妻の鎖骨にあった腫瘍は厚みが4ミリを超え、血液を介して他の臓器に転移している可能性が高いため、ステージⅡbと言われた。

患者数がきわめて少ない希少がんだから情報も限られている。不安になって、いくつかの病院の「がん相談センター」に電話すると「何を知りたいんですか」と尋ねてくれるが、何をどう知りたいのか自分でもよくわからない。記者として情報収集は慣れているはずだけど、患者と家族は孤独なのだと実感させられた。

ただ、最後にたどりついた国立がん研究センター(東京)の「希少がんセンター」は「いつでも相談に来てください」「症例の多いところでセカンドオピニオンを聞いたらいいでしょう」と言って、病院の探し方も教えてくれた。その結果、自宅の近所では大阪国際がんセンターに専門医がいることがわかった。

またネットで検索して「メラノーマ患者会」というホームページを見つけた。同じ病気とたたかう仲間がいると知って僕はちょっとだけ救われたが、妻は「闘病ブログとか見ても、途中で途切れたりしてる。患者会に参加するのはこわい」と入会をためらった。僕だけ入会した。

どんな治療法があるのか、最先端の治療の情報はどこで得ればよいのか、何度もメールで教えてもらった。患者会と付きあいのある専門医の名前も教えてもらった。

メラノーマはつい最近までは内臓に転移をするとほぼ助からなかったが、オプジーボなどの新薬が開発され、急速に治療効果が上がっていることも知った。転移したとしても、まだ絶望することはないのだ。そのことをまず妻に伝えた。

ところが、最初の診断から2カ月後、京都に向かう列車を待つホームで、妻はしきりに左の首筋をさわっている。「どうしたん?」と尋ねると「ちょっとふくらんでるねん」。さわると、リンパがパチンコ玉ほどに腫れている。顔面から血が引いて、周囲の風景の色が消えていった。

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