メルセデスに学んだ「ヘルメットなし」の新体験 自分なりのルールを厳格に守ってテストに臨む

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筆者が市販車モデルのテストでヘルメットをしない理由とは(イラスト:LEON編集部)
1983年頃、ホッケンハイム・リンクで催されたメルセデス・ベンツ190の国際試乗会。そのスタッフとの会話から生まれた「ヘルメットはイエスかノーか」のベストアンサーとは?

ヘルメットの代わりに「ジョニーCAP」

僕は16才で運転免許証(小型4輪)をとったが、4輪にはたまに乗るだけ。ほとんどの時を共に過ごしたのは2輪だった。最初は小型4輪免許で乗れた250ccに乗ったがもの足りず、すぐ自動2輪免許を取得。大型バイクに乗り替えた。

本記事はLEON.JPの提供記事です

当時はヘルメットの着用義務もなかったし、そもそも「安全」といったことにはまるで無関心。だから、ヘルメットも被らなかった。代わりに被ったのが、通称「ジョニーCAP」と呼ばれるモーターサイクルCAP。マーロン・ブランドがオートバイ乗りを演じた「乱暴者」で被っていた、短いつば付のCAPだ。

ちなみに、ヘルメット着用義務化は1965年から始まっている。、、が、当初は着用の「努力義務」。1972年には速度規制が40km/h を超える道路での着用が義務化されはしたものの「罰則なし」。罰則ありになったのはさらに3年後の1975年からだ。

僕が2輪にのめり込んでいたのは1956年からの3年間だけ。その後は4輪一筋になったが、とくにヒートアップするきっかけになったのは1963 年の第1回日本GP。

それまでは、ただ無節操に飛ばすだけ。テクニックがどうの、、といったことは考えもしなかったし、単純に「自分は速い!」と思い込んでいたフシもある。が、日本GPで初めて見た「本物の走り」には衝撃を受けた。僕の走り仲間も同じだった。そして、毎週末の鈴鹿通いが始まった。

鈴鹿のスポーツ走行では、当然ヘルメット着用はマスト。そこで初めてヘルメットが必要になったのだが、どうせ買うなら「カッコいいブランドものヘルメット」がほしい。

そして選んだのが「ベル500-TX」。オープンフェース型/ジェット型と呼ばれる、アメリカはベル社製のヘルメット。色は明るいオレンジ色で、短めのバイザーは白を組みあわせた。カッコよかった。

さて、ここから本題に入る。

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