織田信長「桶狭間の戦い」前夜に見せていた奇策 因縁の強敵・今川義元とどのように戦ったのか
そして、翌日早朝。
家臣「の、信長さま!! 今川軍が、丸根砦と鷲津砦に攻撃を…… !! 」
ついに今川軍の攻撃が開始されます。
その報告を聞くやいなや、ガバッ!!
と飛び起きた信長は、
信長「……人間50年~……下天(げてん)のうちをくらぶれば~……」
家臣「???」
急に、「幸若舞(こうわかまい)」という舞の、お気に入りのプログラム「敦盛(あつもり)」を舞い、
信長「具足(ぐそく。甲冑<かっっちゅう>のことね)を持ってこい!!」
家臣「(え? え?)」
カシャン! カシャカシャ! カシャン!
信長「湯漬けを!」
ズビッ! ズビッ! ジュビビビビビビッ……!
甲冑を身につけながら、立ったまま湯漬け(お茶漬けみたいなやつ)を食らったあと、
信長「出陣だ」
家臣「え? え? え???」
馬にまたがり、
信長「ハッ!!」
家臣「行った行った行った!! 出て行っちゃったぞおい!!」
パカラッ! とお城を飛び出していったんです。
突然の出来事とスピードに、ついていけたのは5人の家臣と200人の兵士くらい。
その後、熱田神宮で戦勝祈願をした信長は、砦から砦へと移動し、善照寺砦ってとこに入ります。
その間に、だんだんと2000~3000の兵が集まり、ようやく戦闘態勢が整ったのでした。
よろしいでしょうか。信長のここまでの行動を整理しますよ。
生きるか死ぬかの会議で、なんのアイデアも出さず、敵が攻めてきたら急に踊り出し、それが終わると、立ったままメシを食って、なんの指示も出さず城を飛び出していった……。
変態です。
変態か天才か紙一重の行動ですが、かなり変態よりの変態です。
とにもかくにも、まだまだ織田のピンチは続行中。
信長のもとに兵が集まってるあいだに、攻撃を受けていた丸根砦と鷲砦は落とされてしまいます。ちなみに、丸根砦を攻め落としたのは、松平元康。このときは今川家の家臣だった、のちの徳川家康です。
そして、ビッグボス今川義元は、どんどん尾張の内部に侵入。
義元は桶狭間山という小高い山に陣を敷いた(スタンバイした)んですが、もう信長との距離、5キロとありません(おそらく)。
5つの砦のうち2つを落とした今川軍は、ツタが伸びるようなスピードで尾張を侵食していくんです(ツタが伸びるスピードを知りませんけど)。