そして消費性向は一定と考えられている。さらに「恒常所得仮説」という考え方によれば、消費関数に現れる「所得」は、変動する実際の所得ではなく、長期にわたる将来の見込みも反映した「恒常所得」である。つまり消費は、実際の所得よりもさらに安定的に推移すると考えられてきたわけだ。
しかし、前ページで見たアメリカの消費動向は、これとは異なるものであった。消費性向が明確な低下傾向を示したのである。これは家計が借り入れによって消費を行う傾向が高まったからだ。家計の借り入れは、クレジットカードによるものと、住宅を担保にしたものがある。いずれもが拡大したが、住宅価格の上昇は、特に住宅担保の消費者借り入れを拡大した。
ところで、借り入れで消費を増やすのは、サービスよりも財について見られる現象である。ことに耐久消費財について顕著に見られる。このため上図に示すように、個人消費全般より「財」支出の伸び率が高くなり、耐久消費財支出の伸びがそれらよりさらに高くなったのだ。自動車にしても、先進国では、基本的には買い替え需要しかない。そうした事情を考えれば、この時期のアメリカの消費拡大や自動車需要の増大は、先進国では稀に見るものだったということができる。
以上で述べたことは、部門別の貯蓄投資差額を大きく変化させた。まず、消費支出が所得を上回って伸びたため、家計貯蓄率が低下した。80年代の半ばまで、アメリカの家計貯蓄率は8%を超えていた。10%を超える年もめずらしくなかった。
しかし、80年代後半から顕著な低下を始め、90年代の後半からは5%を切る水準になった。さらに99年からは、3%あるいはそれを下回る水準になった。そして2000年代の後半には、2%あるいはそれを下回る水準に低下したのである。これに加えて住宅投資も増えたので、家計部門の貯蓄投資差額は大きく縮小した。
ところで、海外部門も含めた一国の貯蓄投資バランスは、事後的には必ずゼロにならなければならない。アメリカの場合には、右で見た国内の変化に対応して、経常収支の赤字が拡大した。実際、右で見た家計貯蓄率の低下は、経常収支赤字の対GDP比の拡大傾向と、ほぼ完全に並行して進行している。