日本では、「男性は学校を卒業後はすぐに就職し、定年退職まで働き続けなければならない」という「常識」が根強くあります。加えて、男女の賃金格差も大きいことから、とりわけ中高年男性が長時間労働をするのはある意味で「当たり前」とされてしまいがちです。無職であることのほうがよほど問題視され、解決に向けた取り組みが真剣に行われる傾向すらあります。
つまり長年、議論されているようでありながら深刻な問題として理解されていないことこそが、いつまでも中高年男性の「働きすぎ」が解決しない根本的な原因なのです。
長時間労働の弊害は、過労死に象徴されるような健康問題だけではありません。男性を対象とした聞き取り調査を長年続けていますが、中高年男性には「趣味がない」「友達がいない」という二つの特徴があります。
ワークライフバランスの重要性が説かれるようになってから10年以上が経過しているにもかかわらず、働いてさえいれば後ろ指をさされることはないため、男性自身がこの状況を問題視するのは難しいといえるでしょう。
定年退職後にやってくる喪失感と虚無感の原因
仕事があるうちはやり過ごせても、つけは定年後に回ってきます。聞き取り調査の結果からは、40年間に渡って仕事中心の生活を送ってきた男性の多くが、何もすることがなくなってしまった日々の生活を喪失感と虚無感を抱きながら過ごしていることがわかっています。ある男性は定年後の生活について、次のように語ってくれました。
「私が定年になって一番最初に驚いたのは、住んでいる地域に一緒に酒を飲める相手が誰もいなかったことなんですよね。私は酒が好きなんですけど、だいたい仕事つながりの人たちと飲んでいたんですね。それで定年になってみたら、住んでいる地域で一緒に飲む相手が誰もいなかった。自宅っていうのは会社に帰るための一つの場所でしかなかったんです。会社に帰っていく場所が家だから、家の近くに仲間だとかそういうのは必要なかったというか……今になって思えば、心にゆとりがなかったっていうことなんでしょうけど」
この定年後の問題についても、すでに1990年代には指摘されていました。その後、2015年に出版された内館牧子の小説で、2018年に舘ひろしと黒木瞳が出演して映画化もされた『終わった人』でも、現役のうちは仕事ばかりしていた主人公が、定年後に一緒に過ごす友達も趣味もなく、ただ虚しく日々を過ごす様子がリアルに描かれていたものでした。
定年退職後の喪失感と虚無感は、働いてばかりいたことが原因であり、現役のうちに、趣味や友達を作っておけば回避できることは明らかです。にもかかわらず、長時間労働と同様に、今日まで放置されてきたのです。
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