日韓が「歴史問題」でわかり合えない根本理由 議論すべきは「歴史の実証」か「歴史認識」か

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前川:そもそも左とは何か、右とは何かが曖昧になってきていますね。私が書いた植民地主義や「歴史認識」の問題に関して言うと、植民地主義の歴史を持つ国々では、それを否定すると現体制の正当性まで問われることになりかねないため、国として「歴史認識」を考え直そうということにはなかなかならないわけですが、もしかしたらそうした国の姿勢に対する距離感で左右が分かれるかもしれません。あえて言うならば、国にべったり寄っているのが右派で、批判的な立場が左という感じです。

辻田:前川さんはイギリスがご専門ですが、イギリスにも左右の対立はあるのですか。

イギリスの論壇の基本は中道

前川:政治に関しては曖昧ですね。保守党と労働党の二大政党制ですから、保革の対立のような印象があるかもしれませんが、明らかに右を標榜する国民党などを除けば、保守党も労働党も、左右というよりは基本は中道なんです。あえて言えば、保守党は中道右派、労働党は中道左派といったところでしょうか。ですが、保守党のなかにも左寄りの人はいるし、労働党のなかにも右派的な人はいる。ですから、明確な左右の対立は見えにくい。

前川一郎(まえかわ いちろう)/立命館大学グローバル教養学部教授。専門はイギリス帝国史・植民地主義史。主な著書や論文に『イギリス帝国と南アフリカ――南アフリカ連邦の形成』(ミネルヴァ書房、2006年)、『「植民地責任」論――脱植民地化の比較史』(共著、青木書店、2009年)、「アフリカからの撤退――イギリス開発援助政策の顚末」(『国際政治』<第173号、2013年>)、”Neo-Colonialism Reconsidered: A Case Study of East Africa in the 1960s and 1970s”(The Journal of Imperial and Commonwealth History, 43 (2), 2015)ほか、訳書にジェイミー・バイロンほか著『イギリスの歴史【帝国の衝撃】――イギリス中学校歴史教科書』(明石書店、2012年)などがある(撮影:立命館大学)

政治の対立軸は、左右というより、サッチャー改革の是非として表れています。要するに、新自由主義に対する姿勢です。

最近も、「新自由主義の申し子」と言われたボリス・ジョンソンが、自分が新型コロナウイルスに感染して、国民保健サービス(NHS)をサポートする気になったのか、あるいは何かのパフォーマンスか知りませんが、「社会というものがまさに存在する(there really is such a thing as society)」と発言しましたね。これは、知ってのとおり、サッチャーの「社会なんてものはない(there is no such thing as society)」という言葉、つまりは新自由主義哲学の否定になります。ジョンソンの口からそんな言葉が出てきたのは驚きだと、世間の注目を集めたわけです。その真意はつかみかねますが。

一方、イギリスでは、論壇と言っていいかわかりませんが、例えばタブロイドと言われる大衆紙には右の新聞が見られますし、高級紙は『ガーディアン』紙のような左やリベラルを標榜する新聞があります。でも、私の印象では、左右双方に論壇誌があって鋭角に対峙しているという感じではない。政治の話ではないですが、やはり中道なんですよね。

そこで、倉橋さんに伺いたいのですが、社会学的な視点でいうと、そもそも日本では右と左の概念はどのように受け止められているのでしょうか。

倉橋:一般的な定義として知られるものは、右とか右翼と言われるのは、基本的には国家を中心に考える人たちだと言っていいと思います。日本だと天皇を中心に国家を考えます。さらに非常に復古的なイデオロギーです。保守と言うときには、変革には慎重で、過去から現在へと続いてきた秩序を支持する人たちだと言えます。

一方、左派はドラスティックな改革を進め、社会主義や共産主義を標榜する人たちのことをいう場合が多く、リベラルは革新的で社会を変革しながらいい方向を目指す人々と語られます。ですが、もちろん、左右は相対的な概念で、(いま前川さんがイギリスの状況を説明してくださったように)時代や社会によって概念のなかに入れられる要素は異なります。

辻田さんのご指摘どおり、ラベリングに使われることも多く、例えば、歴史修正主義者は、それに反対する人たちをひとくくりにして、共産主義者だとかリベラル勢力だと批判します。フェミニズムに対しても、マルクス主義だ、コミンテルンだ、とレッテルを貼ります。しかし、実際は、歴史修正主義に反対する人たちにも、左翼や共産主義ではない人も大勢いるわけです。こうしたラベリング的な要素がある以上、反対のことは左派による右派批判にも起こりえます。

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