野球界にそびえる、プロとアマの高すぎる壁 「プロ対アマ」「セ対パ」の複雑怪奇な構造

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あたかもベルリンの壁

さらに言えば、ひとつになれないのはプロに限った話ではない。野球界では長らく、プロフェッショナルとアマチュアが相いれない存在だった。その象徴が、1961年に起こった柳川事件だ。プロ側と社会人協会間の獲得協定が実質無効となっていた同年、中日ドラゴンズが日本生命の柳川福三と強引に契約する。これに社会人側が激怒し、プロ野球との関係断絶を宣言したのだ。日本学生野球協会も賛同し、プロとアマには高い壁ができた(以上の顚末を含め、プロアマの確執はリンクなどを参照)。

野球界にそびえるプロアマの障壁は、冷戦期のドイツに存在したベルリンの壁のように異様な光景だった。アマチュア球界を束ねる全日本野球協会で副会長を務める鈴木義信は10年前、現在、日本サッカー協会で副会長の要職を担う田嶋幸三がこぼした言葉を痛烈に覚えている。野球界の将来を危惧する鈴木は、競技人口を着実に増やしているサッカー界のアイデアについて、田嶋に聞きに行った。さまざまな方策を惜しみなく明かした田嶋は最後、「でも、野球界ではきついと思いますよ」と漏らした。鈴木によると、こんな内容だった。

「サッカーと野球は根本的な構造が違います。サッカーの場合、日本サッカー協会の一部としてプロ事業部がある。でも野球の場合、最初からプロとアマが別々。むしろ、学生野球の歴史はプロより長いです。互いの伝統などがある中、はたしてプロとアマの壁を乗り越えることができるのか。なかなか難しいと思いますよ」

鈴木によると、アマチュア側はプロに対し、3~4年前から「野球の底辺拡大をどう計っていくか、一緒に考えましょう」と訴えてきたという。だがNPB側は、すぐには耳を傾けなかった。プロ野球側としても競技人口減少は深刻な問題にもかかわらず、なぜアマの声を無視してきたのだろうか。

プロとアマが手を結んだ理由

北海道日本ハムファイターズの球団代表で、野球日本代表マネジメント委員会の委員長を務める島田利正が説明する。

「当時、NPBの役割として、野球人口を増やすような活動は求められていませんでした。組織として求められていなかったから、聞く耳を持たなかったという話だと思います。でも実際は、アマチュアあってのプロ野球。まずは少年たちに、アマチュアの野球チームに入ってもらう必要があります」

ベルリンの壁が崩壊してから24年遅れ、2013年、プロアマの壁は撤廃された。学生野球サイドの提案により、プロ野球経験者が高校野球の指導者になる際に課せられていた教員資格が必須条件ではなくなり、プロ、アマ両方の研修会を受ければ指導者になれるように変更されたのだ。

この条件により2014年4月、元西武などで選手、コーチとして活躍した金森栄治は、金沢学院東高校で野球部の監督に就任している。元プロ選手の受け入れで先に条件緩和していた社会人では、元南海ホークスの佐々木誠がNTT西日本、大学では元広島カープの古葉竹識などが辣腕を振るっているが、高校野球界との雪解けは画期的な出来事だった。2005年度まで、プロになった選手は母校の練習に参加することさえ許されていなかったからだ。

なぜ、犬猿の仲だったプロとアマは手を取り合ったのか。その背景にあるのは、「このままでは野球の競技人口がいなくなる」という危機感だ。

そうした共通認識を持つ両者をひとつに結び付けたのが、侍ジャパンである。

中島 大輔 スポーツライター

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なかじま だいすけ / Daisuke Nakajima

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックに移籍した中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた「野球消滅」。「中南米野球はなぜ強いのか」(亜紀書房)で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。NewsPicksのスポーツ記事を担当。文春野球で西武の監督代行を務める。

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