日本が放置「戦争の民間被災者補償」が示す重み 戦争被害受忍論による敗訴は理不尽か、当然か

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なぜ、訴えは認められなかったのか。端的に言えば、戦前の大日本帝国憲法下には国家賠償法(1947年制定)が存在しなかったから、戦時中に国の行為によって引き起こされた個人の損害について国は賠償責任を負わない、という「国家無答責」の法理がある。

このため、一連の訴訟の先陣となった東京大空襲訴訟の東京地裁判決(1980年)も国家無答責の考え方に則って、司法判断による救済を退けた。そのうえで「戦争災害につき、国が何らかの支給をなすべきか否か等はすべて立法政策の問題」として、国による立法を暗に促している。ところが、民間戦災者への補償を定めた「戦時災害援護法」は1973年に議員立法で国会に提出され、15年間に14回審議されたにもかかわらず、いずれも廃案に終わるというありさまだった。

祖堅さんたち約40人が原告になった「南洋戦訴訟」もこうした流れの中、最高裁判決で敗訴が確定した。上告棄却という最高裁の判断は、やはり国家無答責の原則を採用。二審の福岡高裁が示した「戦争被害は国民が等しく耐え忍ばねばならない」という受忍論を支持した。原告の中には、防空壕に潜んでいたのに日本軍に追い出され、肉親らが死亡したと訴える人もいたが、そうした面も顧みられなかった。

海外では、民間戦災者への補償はどうなっているのだろうか。

国立国会図書館がまとめた「戦後処理の残された課題」(2008年12月)によると、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの各国は「一般市民」への補償を法で定めている。執筆者の国会図書館職員は論文をこう締めくくっている。

「一般市民の戦争被害について、諸外国の事例を参考にしつつ、その補償の在り方を考えることは、戦後処理の残された課題であると同時に、将来の有事における被害の補償の在り方にも示唆を与えるのではないかと思われる」

南洋戦訴訟での祖堅さんの陳述書(撮影:当銘寿夫)

「悪いことをやった、と認めてほしかった」

戦後75年、南洋戦訴訟の敗訴確定から半年。この訴訟で弁護団長を務めた沖縄にルーツを持つ瑞慶山茂弁護士(千葉県弁護士会)は「私たちが訴訟を通じて何を訴えようとしていたのかを知ってもらうのは、とても大切なこと」と語る。

サイパン島で家族の過半を失った祖堅さんは、次のように言った。

「防衛庁(2007年に防衛省へ移行)で仕事していたこともあったので、裁判に参加するか、ずいぶん迷いました。それでも、国に『自分たちの過失でした』と責任を認めてほしいと思って、参加しました。悪いことをやった、と認めてほしかった。軍人だけでなく、私たちも同じ日本国民として平等に見てもらいたかった」

「こんな恐ろしいことを二度と起こしてもらいたくありません。後世の子どもたちにも戦争の恐ろしさをちゃんと伝えておかないといけないです」

取材:当銘寿夫=フロントラインプレス(Frontline Press)

Frontline Press

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「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年5月に合同会社を設立して正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や研究者ら約40人が参加。スマートニュース社の子会社「スローニュース」による調査報道支援プログラムの第1号に選定(2019年)、東洋経済「オンラインアワード2020」の「ソーシャルインパクト賞」を受賞(2020年)。公式HP https://frontlinepress.jp

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