日本の社会保障に根本的な改革が求められる訳 世耕弘成「制度や財源に議論が集中しすぎだ」

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山本:保険者が企業にとっての戦略装置になるということですね? まさにこれからの社会に必要な明るい発想、取り組みだと思います。

世耕:財務のほかレピュテーション(評判)にも大きく影響してきます。健康保険組合が活性化して社員の健康づくりをやっている会社となれば、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した「ESG投資」の観点からも評価されます。そういう感覚を経営者が持つことで、各企業の有能な人材が必ず自分の人生のキャリアパスとして、この保険者のなかでの仕事を経験し、そこでまたいろいろな改革をやっていく。その人がちゃんと上っていく姿を見ると、これは非常に重要な業務だということが社内でも共有されていきます。

日本は設備投資や研究開発、株主還元は一生懸命行っていますが、国際的に見て給料が上がっていないなど、人材に対する投資はなかなかやっていないのが現状です。経営者の目を従業員の健康に向けさせるのには、マーケットの力を頼るしかありません。私は経済産業大臣を務めていたときに、健康投資の銘柄を明確にしました。経営者を動かすには投資家の目線が不可欠です。日本経団連などの経済団体にも働きかけていく必要もあるでしょうね。

山本:そのほかに予防・健康づくりの分野で推進したい領域、突破したいバリアはありますか。

社会的処方はインフラ予算まで考える

世耕:オンライン診療ですね。ここを突破するにはお医者さんの理解と協力も必要ですし、診療報酬についての議論にも踏み込む必要があります。割とネガティブだといわれている医師会とも胸襟を開いて、患者のためにどうあるべきかという議論はしっかりしないといけません。

また、今回の報告書で盛り込まれている重要な要素が社会的処方。この社会的処方というのは、下手をするとインフラ予算まで健康予算だということになっていく、大きな取り組みだと考えます。

“社会的処方”というと曖昧な概念ですが、ここも突き詰めて議論をして、具体的にどういうことをやればいいのか、そのためにどういう予算をどう組み替えていくのか、ということを議論していく必要があります。

スカッとホームランをかっ飛ばすというのは、この分野はそう簡単にはいきません。だから地道にやっていくしかないですが、ここまで来られたというのは大きな前進です。これに満足せずに何度もサイクルを回していく必要があります。

大規模実証をきちんとしたものに仕上げていき、「実証事業をしたことで満足した」ということにならないように、歯を食いしばってやっていきたいです。エビデンスを出して、それをぶつけていき、議論のフェーズに入っていく。厚労分野に精通するベテランの先生方に突きつけて説得できる内容をつくり上げていくということが何よりも重要です。

(構成:二宮 未央/ライター、コラムニスト)

中室 牧子 慶應義塾大学総合政策学部教授、東京財団政策研究所研究主幹

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なかむろ まきこ / Makiko Nakamuro

1998年慶應義塾大学卒業。アメリカ・ニューヨーク市のコロンビア大学で博士号を取得(Ph.D)。日本銀行や世界銀行での実務経験を経て、2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授に就任し、現在に至る。専門は教育を経済学的な手法で分析する「教育経済学」。

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