日本と中国「英語を学ぶ環境」の決定的な差 今春ようやく小5から義務化されたが周回遅れ

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3 ✎ 4 ✎ 5
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

「英語を一生使わない国民がいて、資源の浪費になる」という声もあった。英語が必要ない農村部や少数民族に教えてみても、資源=人的、時間的、そしてお金の無駄になるという考えだ。

日本の文部科学省の資料には、中国政府の学校教育担当者が、英語教育導入までの経緯を、こんな言葉で振り返った記録がある。

「全国の小学校に英語教育を導入する際には、もちろん長期の論争がありました。母国語のマスターにとって妨げになるという意見も根強いものがありましたし、農村部や少数民族が住む地区の住民は一生英語を使わない場合もあり、彼らを対象に小学校から英語教育を行うのは資源の浪費だという意見もありました」

まさにいま日本で行われている議論とまったく同じだ。

しかし中国政府はここで諦めなかった。全国レベルでの導入は難しいとしても、一部自治体が導入を決意したからだ。

自治体によっては、当時の改革開放の機運の中で英語の重要性を感じ、子どもの時期から英語教育をさせたいという声が上がっていた。

上海市や北京市、天津市などの大都市と、経済が発展していた広東省、青島市などであった。

これらの自治体は、いずれも先行的な実験だとして、小学校3年生から英語教育を導入した。

英語の勉強は母国語の妨げになる?

前述の北京の英語教員に著者は「英語の勉強は母国語の妨げになると反対されたことはありますか」と聞いてみた。

するとこの教員は怪訝な顔をしながら、「なぜそんなことを聞くのですか」と逆に質問してきた。

著者は、「いま日本ではこうした反対があるのです」というと、教員は笑いながら「そんなことはまったくないですね。子どもの言語能力なら問題ないと思います」と一蹴した。

今年2月には都内に住む、上海の公立小学校で20年間英語教員をしていた女性にも、著者は同様の質問をしてみた。

やはり彼女からも北京の教員と同じように、「いったいこの日本人は何を言っているんだ」というリアクションをされ、こんなことを言われた。

次ページ「母国語の学習と重みが違います」
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事