「適応的市場仮説」コロナ禍で読むべき理由 マーケットを理解するための「進化生物学」
また、並行して、理論的なブレイクスルーも起こる。バシュリエの想定する確率分布を、特殊な微積分を用いて算定する簡便な方法が開発された。具体的には、マイロン・ショールズとフィッシャー・ブラックによるオプション価格決定理論の金融工学的解法をロバート・マートンがある数学論文から発見したのである。
これが、1970年代以降、金融工学の世界で一世を風靡した「ブラック=ショールズ・モデル」で、ショールズとマートンは1997年にノーベル賞を受賞している(ブラックは1995年に他界)。
現代ファイナンス理論の粋であるブラック=ショールズ・モデルが機能すれば、ファイナンス理論は経済学の悲願「効率的市場仮説の証明」を果したことになる。
そして、20年ほどの検証を経ても、その実際への当てはまりのよさはなかなか満足のいくものであり続け、ファイナンス理論は経済学の最先端分野として、物理学同様「未来を計算できる“夢の技術”」だと自他ともに認めるところとなっていった。
効率的市場仮説が“敗れる”とき
もはや基本的な変数(現在価格、金利、ボラティリティ)さえわかれば、未来の価値算定が容易にできる。われわれはそのような夢の技術を手に入れた。そのような確信が1997年のノーベル賞受賞をきっかけに決定的となった矢先の翌年、1998年に事件が起こる。
ショールズが参加していた最先端の金融工学を駆使するヘッジファンド、LTCMが破綻したのだ。ロシアのルーブル危機に伴い、ブラック=ショールズ・モデルに従わない確率分布が国債価格に現れてしまい、それを引き金にして最終的に取り返しのつかない天文学的な損失を抱えてしまう。
金融当局が名だたる大手金融機関の責任者のほとんどを極秘に招集し事態を辛うじて収めたということからも金融界の甚大なダメージは想像されるが、経済学にとってもこれは大変な一大事となった。
はたして効率的市場仮説は、現実を前に敗れ去ったのか。専門家らによる議論は喧々諤々としたまま続いたが、ローの著作を読むにこれは形を変えつつ現在もなお続いているようである。
そして、ブラック=ショールズ・モデル敗北の第2波として、サブプライム=リーマン・ショックが起こる。
サブプライム問題は記憶に新しいところだが、ハイリスク証券を細分化したうえで組成し直す金融工学的な技術でリスクを低減させたと宣伝された商品「CDO」が、またしても計算どおりの挙動をしなくなってしまう。複数のリスク資産は、必ずしもそれぞれが独立したランダム・ウォークではなく、むしろ導火線に火が伝うが如くの関連性をすら見せたのである。
その直前に「ブラック・スワン」という著書を出していたナシーム・タレブは、ブラック=ショールズ・モデルを含むランダム・ウォークに従わない確率分布の存在を強調して主張しているが、奇しくもそれは直後に現実として実証されることになる。
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