「適応的市場仮説」コロナ禍で読むべき理由 マーケットを理解するための「進化生物学」
そして、効率的市場仮説への根本的で包括的な反論が、アンドリュー・ローから出される。「現実の市場は、効率的市場仮説のみでは説明できない」という立場の代表的主唱者である彼は、ランダム・ウォークの批判者として主流派経済学者を一度ならず敵に回しているが、理論家・実務家として実直に成果を積み重ね、徐々に支持を集めていく。
そのローの、“非”効率的市場仮説としての集大成が最新刊の『Adaptive Markets 適応的市場仮説』なのである。
ローの主張は、経済学的な理論がしっかりと押さえられている。とくに理論家として「効率的市場仮説」を徹底的に知悉していると言っていい。ローの著作を読めば、予備知識がなくとも経済学が前提とする効率的市場仮説がしっかりと理解できるほどである。
そのうえで、ローは、効率的市場仮説を批判するにあたり、2つの戦略を用意する。「不確実性」の指摘と、「適応的」という新解釈の提案である。
まずは、経済学が忘れかけていたもう1つのリスクである「不確実性」をローは丁寧に掘り起こす。ランダム・ウォークの前提においては、リスクは基本的にボラティリティのみに限定される。
不確実性の方はジョン・M・ケインズやフランク・ナイトにさかのぼる古典的なものだが、より捉えどころのない不確実性の存在こそが、実はランダム・ウォークそして効率的市場仮説の前提を危うくするものの例だとして詳かにされる。
必ずしも市場がランダム・ウォークだけに従うわけではない、そのことが確定的であると論証した後に、ローは満を持して自身の「市場観」を披露する。
効率的市場仮説が届かない領域に対して、何を補助線にしてファイナンス理論を展開していけばいいのか。
ローは、進化生物学的なアナロジーとして「“適応的”市場仮説」を提唱する。“適応的”とは、進化論的な生き残りに必要な行動変容の概念である。「市場参加者はサイコロ的ではなく、生き物的に振る舞う」との結論は、心理学、ニューロ・サイエンス、進化生物学、ネットワーク理論にまたがる重厚なものだが、このあたりはローの革新性の真骨頂でもあるので、最先端のファイナンス論としてじっくりと玩味してみたいパートである。
「生き物のように進化する市場」の今後
適応的市場仮説は、ローの市場観を表した理論的総称である。発散的であり、発展余地がつねにありうるものであるため、完成イメージとして確定的な姿をしていない。その意味で、例えばブラック=ショールズ・モデルのような「正解を算出する」プログラムというよりは、多重なデータや環境変化による事後データといったものを現実に即して追加的に投入することによってモデルのフィットを縦横的に解釈するようなイメージに近い。
AIによる解析が全盛の今、まさに現在進行形で市場の姿を明らかにしていくのに適した有機的な体系として構成されているといえよう。
無機質な市場観から有機的な市場観へ。ローの理論は、複雑に変遷する市場の本質をどこまで捉え切り、また来るべき新しい状況に適応していくのだろうか。
くしくもコロナショックによる金融不安が第3波の可能性をも示す昨今の市場では、ファイナンス理論はまたしても真価が問われる局面を迎えているように感じる。ローの理論と、そしてロー自身によるリアルタイムのコメントにじっくりと耳を傾けるべき正念場に私たちは立ち会っているのかもしれない。
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