「適応的市場仮説」コロナ禍で読むべき理由 マーケットを理解するための「進化生物学」
ファイナンス理論は、古くはギャンブルの清算法に淵源を持つともいわれる。勝つ確率と報酬の期待値の計算、そしてその配分をめぐる数学的な問いに、ベルヌーイ、ガウスといった天才数学者が取り組んできた。
市場分析としては、ルイ・バシュリエによる論文(1900年)がその先駆けといわれる。バシュリエは、高名な数学者アンリ・ポアンカレの教え子であったが、ポアンカレからの評価は必ずしも芳しいわけではなく、その画期的な論文は実質的に埋もれたままとなっていた。
ただ、バシュリエのワラント市場(ワラントは金融商品の一種)の動向を扱った研究は半世紀後に経済学者に発見され、現代的なファイナンス理論の概念である「ランダム・ウォーク理論」の元祖として高く再評価される。
ランダム・ウォークとは、酔っ払いの千鳥足にちなんだ言葉としてのちの学者に名付けられたもので、価格動向が確率的に等しく上下する(ボラティリティ)場合の振る舞いを表す。その分布の考察を数学的かつ実証的に行なったバシュリエは、ほぼ独力で現代ファイナンス理論の基礎を構築していたのだった。
これは理論的に同型を成すアインシュタインの「ブラウン運動」に関する物理学的考察に数年先駆ける画期的なものであったのだが(ワラントの価格変移動向と分子の運動の分布は同じような行動モデルとして数学的に記述できる)、その革新性ゆえにポアンカレは真価に気づけなかったようである。
そして時代は下って1950年代、25歳の大学院生だったハリー・マーコヴィッツをはじめ、ウィリアム・シャープ、ポール・サミュエルソン、ユージン・ファーマらの研究でファイナンス理論は経済学の一角を占めるようになる。
因果的規範理論が優勢である経済学において、実学的・工学的・確率的事象を扱うがゆえに当初は冷遇されていたファイナンス理論だが、サミュエルソンらがランダム・ウォーク理論と効率的市場仮説の前提との相性のよさを数学的に見てとり、また金融界の台頭とその要請に応えられる経済理論として、急速に重要性を増していく。
モダンポートフォリオ理論(ランダム・ウォークを前提としたリスク資産の管理理論)、CAPM(ボラティリティと相関関係に基づく資本資産価格モデル、Capital Asset Pricing Model)など、確率的な考え方を駆使する将来価値算定のための基礎理論として発展することとなった現代ファイナンス理論は、1990年にノーベル経済学賞を獲得するまでにその地位を確立していったが、その成り行きの必然として、経済学においても特殊な重要性を帯びることになった。
実学として、経済学の基本原理である「効率的市場仮説」が現実世界でも実際的であることを証明する、その使命を背負った分野として注目を集めるようになっていくのである。
ファイナンス理論は「効率的市場仮説」を証明できるか
ファイナンス理論は「効率的市場仮説」を証明できるか。これは、それに依拠する経済学全体の悲願でもある。理論的にはすでに背理法的な手続きにより論証されていたが、実際のマーケットでの検証が待たれるところとなった。
のちにノーベル賞を受賞するユージン・ファーマらは、市場が「効率的」であることを実証する論文を積み重ねていく。例えば株式市場など高度に洗練された市場であれば、市場の裁定能力は圧倒的であり、理想的な価格均衡とそれによる分配の効果は、経済学が想定する「効率的市場仮説」を体現するもののようであった。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら