香港ドルのペッグ崩壊に賭けたら勝てるのか 鉄壁のカレンシーボードをめぐる思惑が浮上

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ポイントは中国本土にとっての「香港の利用価値」がどこまで続くかだろう。特別行政区として「高度な自治」が与えられている香港では中国語も英語も通じて、税制も国際的に競争力があり、法制度も英国流を受け継いでいる。こうした諸要因が絡み合って外資系企業と中国本土企業が最初に「接点」を持つ場所として利用価値が認められているのが現状である。定番の国際金融センターという枕詞も「高度な自治」の賜物だ。

こうした「一国二制度」の下で認められた「高度な自治」は香港が英国から中国に返還された1997年7月以降、50年間、すなわち2047年までは維持されることになっている。だが、折り返し地点(2022年)が視野に入り始めている中、今回の騒動を例に出すまでもなく、「香港の中国化」は政治・経済・外交などあらゆる面でテーマに上りやすくなっている。そのたびに香港の金融制度の象徴とも言えるカレンシーボード制の持続性に焦点が当たるだろう。

また、香港を取り巻く状況が不変でも、人民元の完全フロート化などに象徴されるような金融面での対外開放が中国本土で進めば、香港の相対的な魅力は低下する。香港に外資系企業との「接点」という存在意義がなくなれば、中国本土が「一国二制度」を活かす余地は小さくなる。また、外資系企業からすれば「(中国本土にとって)活かす余地は小さくなっている」という観測が強まった段階で香港から流出する可能性も出てくる。

今回のデモを受けた不安はいったん収まっているものの、既述のフォワードレートの水準などからも見て取れるように根絶されたわけではなく、ペッグ崩壊に賭けるゲームの火種はくすぶっている。

もちろん、上海や北京などの代表的な主要都市において香港と同等の金融取引が展開されるにはまだ時間がかかるだろう。そのため、中国政府(共産党)にとっての「一国二制度」の下での香港の利用価値はまだまだ残るはずだ。また、それを認めているからこそ、香港のデモを一気呵成に潰して社会の不安定化が本格化するような対応は控えているのだと思われる。

「当面は安泰」だが長期ではさまざまな議論も

中国政府が民主化運動を是認する展開はほとんど望めないのだろうが、これを露骨に拒絶してしまうことで香港の魅力が劣化するような事態もまた望んでいないと考えられる。中国本土も香港も共にバランスよく魅力を維持するナローパスを探っているのが今の中国政府の胸中だとすれば、香港繁栄の要であるカレンシーボード制は当面、安泰と考えたいところである。

このように見てくると、香港ドルの米ドルペッグ崩壊に賭けるゲームは基本的に報われないとみられるが、1つのリスク要因としては話題に上りやすくなったのは確かである。なお、ペッグ崩壊と言っても、それが人民元の香港における流通なのか、それとも香港ドルを活かしたまま人民元にペッグさせるのか、はたまた主要通貨とのバスケット制に移行するのかなどさまざまな議論が可能だ。

例えば米ドルとのペッグが不要になるということは、現在保有されている多額のアメリカ国債が不要になるという論調につながってしまう。これはアメリカの金利にどのような影響を与えるのかという視点も出てくるだろう。別の機会にこの点も議論したい。

※本記事は個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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