自粛警察「執拗すぎる相互監視」を生む根本要因 戦中の隣組、戦前の自警団との意外な共通点

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地域の安全を住民の手で守ろうとする動きがエスカレートしたらどうなるか。一ノ瀬教授の念頭にあるのは、関東大震災(1923年)時の混乱と虐殺だ。大地震の混乱に乗じて朝鮮人が日本人を殺そうとしているとのデマが拡散。民間の自警団や憲兵によって、朝鮮人や朝鮮人と誤認された日本人が多数殺害された。

ただし、一連の出来事は住民の活動のみで動いていたわけではない。大震災に際して政府が発した1本の通達。その影響も大きかったという。宛先は各地の警察。治安維持に努めるよう指示する中で「混乱に乗じた朝鮮人が凶悪犯罪、暴動などを画策しているので注意すること」という内容が記載されていたのだ。

「関東大震災のときの自警団は、最初のころ、行政が治安維持に利用しようとしていたわけです。ところが、自警団に加わった住民の行為をだんだん行政は止めることができなくなった。そして虐殺に至るわけです。戦時中の隣組にしても、戦時体制にからめ取られていく中、“非国民になりたくない”という力学が発生し、威力を持つようになった。配給などで『食料をあげない、もらえない』みたいな事態になれば、個人の生活が損なわれるからです。だから、誰も後ろ指を刺されたくない」

「過去に学ぶことは本当に重要」

こうした「社会の暴走」はもちろん、日本だけのものではない。

「第2次大戦中のドイツにおけるユダヤ人に対する密告は日本の比ではありませんでした。アメリカでも黒人へのリンチが歴史上何度もあったし、今も起こっています。いつの時代も、どの国でも、ちょっと方向を誤ったり、変なふうに火がついてしまったりするだけで、たやすく社会は暴走します」

「コロナ関係で自粛警察なる動きをする人々についても、その心情は『よかれと思って』でしょう。国が呼び掛けている方針に『みんなで従いましょうよ』というのが出発点にある。でも、かつての隣組が『配給食料をやるか、やらないか』という些細なことで人権弾圧みたいなのものを発生させたように、あるいは関東大震災後の自警団が虐殺に手を染めていったように、簡単にエスカレートしていく危険性がある。歴史を研究している立場からすると、過去に学ぶことは本当に重要なんです」

結局、今は何をすればいいのか。

「政府や地方自治体の自粛要請をめぐる対応がどう行われ、その結果、どういう効果や弊害が生じたのか。きちんと記録に残すことが第一歩です。その記録を基に、議論することが必要です。政府の専門家会議などが議事録を作っていないことは、その意味でも非常に問題があると思います」

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