飲食店を「倒産」させるコロナより深刻な問題 NY名店オーナーが20年来の店をたたむ理由
翌月曜日、アシュリーはスタッフ用に食べ物のサバイバルキットを30箱まとめ始めた。ジップロックに入れたナッツ、米、パスタ、カレーペーストの缶、卵パックを箱詰めするアシュリーは、プラスチックの食品保存容器にスマートフォンを入れて音楽を流していた。音を増幅するためにラインコックがよく使う小技だ。アシュリーのミニ作戦の動画クリップをホセ・アンドレに送ったら、すぐに励ましの電話がかかってきた:みんなで力を合わせて打ち勝とう! 一食一食が世界を元気にする!
アシュリーは卸売業者に大量の最終注文を出した。瓶のピーナッツバター、ツナ缶、ココナッツミルクなど、これまで私たちが発注したことのないような商品ばかりだ。私たちの店を担当するマリー・エレナ・コッラオはただ黙って注文を処理し、シャッターを降ろしたレストランに配送してくれた(コッラオとは私が彼女にとって初めての担当になった20年前からの付き合いだ。2016年には私たちの結婚式にも出席してくれた)。代金の支払いまで時間がかかることくらい、私たち同様、コッラオにもわかっていたはずだ。
急きょ閉店するにも膨大な作業
当店と20年取引してきた家族経営の肉屋「ピノ・プライム・ミート・マーケット」のレオが電話をかけてきたのも、私たちの支払計画を遠回しに尋ねるためではなかった。私の机の上でレオの店からの請求書が30日分、合計で何千ドルと山積みになっているのを知りながら、こんな質問をするために電話してきてくれたのである。「自宅にはどんな肉が必要かな?」 さらに近所のお得意様たちは外の歩道を通り過ぎるたびに、私たちに向けて入り口のガラス越しに手でハートの形を作っていく。
結局、レストランを急きょ閉店するには、フルタイムで働いてもまるまる1週間かかることがわかった。携帯メールが大量に届き、電話も一日中ひっきりなしに鳴った。幸運を祈ったり、キャンセルを残念がったりする声が大半だったが、新型コロナウイルス関連のニュースを見ていないと思われる女性から電話がかかってきたこともある。
この女性はこちらの挨拶も途中で遮り、「ブランチの時間は開いる?」と聞いてきて、店がやっていないことを知るや、私が「どうぞお気を付けて」と言い終える間もなく電話を切った。
アシュリーはほとんど3日がかりで冷凍庫を片付け、収納庫にある保存のきかない食品は「本日中」とか「長期保存可能」といったカテゴリーにより分けていった。調理済みの鶏肉などはカモの脂の下に密封し、真空保存できる容器の中で完璧に保存できないか試してみた。ビーツや芽キャベツはピクルスにし、大量に残っていた高脂肪クリームは撹乳器でバターにした。
私はほかの問題にも早急に対処しなければと思い、取引先の銀行にメールした。売上税や酒類の請求書、差し当たっての店舗家賃など、高額とならない範囲なら、今回の重大局面を乗り切る資金の融資を申し込めると考えたからだ。20年前から毎年250万〜300万ドルの資金をやりとりしてきた銀行だから、すぐに資金を貸してくれる違いない。
しかし、そう思ったのもつかの間、昨年、取引先銀行を変えていたことを思い出した。同業者たちは中小企業庁の災害救済ローンに申し込むようアドバイスしてくれた。今回の危機を乗り切るのに、そこまで多くの借り入れは必要ない。14日分、5万ドルの見積もりで問い合わせを送った。