「親を看取る怖さ」に震えた娘が探し出した"道" 心穏やかにその日を迎えるためにできること

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娘のコーディネートでお洒落して出かけた父親(写真:陽子さん提供)

話を戻すと、4月のがん告知以降、陽子は名古屋の実家に月7回前後帰省。東京にいても朝起きればスマホを見て、父親の施設から連絡がないかを確かめるようになった。

5月中旬、西河が父親と初めて面会する3日前。施設のベッドで寝て過ごすことが多かった父親は妙に元気で、陽子と久しぶりに外出した。杖で歩くのもままならない中、散髪と母親の墓参り、すし屋での昼食と喫茶店での時間を楽しんだ。昼食で唯一口にした茶碗蒸しさえ、まずいと大半を残したのだが……。

外出した際、紺色の中折れ帽に、ライトグリーン色のマフラーをさっそうと巻き、まんざらでもない表情の父親の画像が残されている。歳を重ねるほどおしゃれでいてほしい、そう願う娘のコーディネートだ。

西河は、「看取り士が関わる『看取り』とは、亡くなる当日だけでありません。そこに至るまでに親自身の思い出や、親との思い出をも家族で共有し、感謝すること。そして、親子それぞれが死を受け入れる覚悟をする過程のことです」と話す。

恐れていた「死」の後、訪れた心穏やかな時間

陽子は父親が安定していると見て、6月1日に名古屋から東京の自宅に久しぶりに帰った。父親との外出から約3週間後。ところが、東京に戻った翌日未明、ついに陽子の携帯に施設からの着信が入った。

「実は、東京に戻る前日に思い切って花屋さんに行き、葬儀で使う花の相談を終えていました。もしかしたら、私がすべての準備を整えたのを見届けてから、父は旅立ったのかなって。目に見えない愛情に感謝しました」(陽子)

陽子の到着前、西河は自分と同様、施設に先着していた弟に、「(お父様に)触れてみませんか?」と尋ねていた。陽子から看取り士について聞き、関連本も少し読んでみたと話す弟は、言われたとおりに父の背中に手を伸ばした。

「そのとき『親父、(息子に触られるのを)嫌がってないかなぁ』と、照れながら触れられました。『もちろん、喜んでおられますよ』とお伝えしました」(西河)

陽子が到着後、父親は彼女が事前に用意していたベージュ色のスーツをまとった。亡くなって約5時間が経過していたが、父親の体に触れた陽子の第一声は、「温かい。(弟に視線を送り)温めてくれてたの?」でした、と西河は話す。

当初は施設から葬儀会場に直行するはずだった。ところが、陽子の提案で、家族で看取りの時間を過ごすために、父親が獣医として働いていた実家の診察室に向かった。しばらく使われていなかったのを、約1年前に改装していた。父親が人生の大半を過ごし、自分たちの生活を支えてくれた場所だ。

陽子は実家に着くと、親戚などへの連絡で忙しかったが、弟は西河に促されて看取りの作法を行った。真新しい診察室のベッドであぐらをかき、父親の頭を自身の右太ももの上に乗せ、父親の顔や体に残る温もりを共有した。

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