遠慮しない「フェミニズム誌」熱く求められる訳 雑誌「エトセトラ」が切り開いた新ジャンル
あからさまな性暴力以外にも、被害者の心にモヤモヤを残すわかりにくい性差別もある。松尾氏も大学時代以降、周囲の男性から「がんばりやさん」と、頭を軽くポンポンと叩かれるような体験が何度もあった。一見誉めているようで、実は1人前で対等な人間と見なしていない行為に対する、モヤモヤした不快感の正体は、怒りだった。
こうした明確に定義されていない、一見ささいなことに思える差別も世の中には多い。ささいなことだからとやり過ごしていくうちに、いつの間にか「差別体験」が積み重なる。不快で重い積み重ねによって、自己評価が下がってしまう場合もある。
職場で、地域で、家庭で、女性が暮らすほとんどの場所に差別はある。セクハラや性暴力はもちろん、仕事上の差別、学業上の差別もある。女性の役割を、母や妻の立場でひとくくりにしようとする抑圧もある。女性だけが名字を変える夫婦同姓強制の戸籍制度など、法的な差別もある。すでに社会問題となっている差別もあれば、まだ多くの人が気づいていない問題もある。
雑誌名「エトセトラ」に込めた思い
そうした幅広さに対する思いが、会社名と雑誌名には込められている。「まだ聞かれていないフェミニズムの『エトセトラ』のイシュー、『エトセトラ』の声を届けたいという意味で『エトセトラ』とつけた。人の声、自分の中の声、耳を傾けていなかった声。聞かれてこなかった女性の声。もちろんフェミニズムは、それを必要とするみんなのものですが、聞かれていない声は圧倒的に女性が多い」(松尾社長)。
この試みをたくさんの人が応援してくれている、という手応えがある。「女性記者、女性の書店員さん。ほかにも『こういうものを待っていた』という読者の方が多くて、定期的に書店に頼んでくださる方も結構いる。30~40代の女性読者が最も多いけれど、学生や60代、70代のウーマンリブの時代を知っている方も、『応援している』と言ってくださいます」と松尾氏。
差別がいかに広く深く浸透しているか、実感するできごともあった。「先日、3歳の娘が『私は女の子だから外では遊ばない』と言い出して、ひざが崩れ落ちそうになった。保育園でたぶん学んだのでしょう。8歳の息子には、意図的に『自分を大事にして、性別で差別しない!』と言ってきたのですが、女の子の内面の抑圧は違う意味で大変だと改めて思いました」(松尾氏)。
松尾氏にやるべき仕事が多く、女性たちの期待が集まるのは、このジャンルが長らく日の目を浴びずにきたからだ。そして今はフェミニズム・ムーブメントの渦中で、関心が高まっている。もちろん、これまでにもフェミニズム・ムーブメントは何度も起こってきた。#MeToo運動を含む現在は、4度目のムーブメントだ。
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