ロシアの動向を考えるうえで、注目されるのは4月9日にプーチン大統領が主催したコロナ対策に関する全国首長会議だ。プーチン大統領は、ロシア連邦構成主体(州や共和国等)の首長(知事)に対策の重要性を訴える中、コロナ禍をペチェネグやポロヴェツのロシア襲来という歴史的出来事に例えた。
ペチェネグやポロヴェツというのは、諸外国ではあまりなじみのない言葉だが、10世紀前後にロシア南部のウクライナ平原に割拠したチュルク系遊牧民で、ロシアが国家として成立し始めたころのキエフ・ルーシ(キエフ大公国)にとっての脅威であった。中国で言えば北方遊牧民族の匈奴(きょうど)に相当する。日本について類似の例を探せば、蒙古襲来に例えることができるかもしれない。
ペチェネグやポロヴェツといった遊牧民族はキエフ・ルーシをたびたび襲撃し、逆にキエフ・ルーシの側からも遊牧民を攻撃するなど、数世紀にわたり攻防を繰り広げていた。
それだけではなく、遊牧民がキエフ・ルーシ内部の諸公の内紛に干渉したり、逆にキエフ・ルーシの諸公が遊牧民の力を借りて、内紛を有利に運んだりと、その関係は複雑であった。政略結婚による婚姻関係まであったという。
コロナはロシアにとって国家存亡の危機
とはいえ、遊牧民は、ロシアが国家として発展していくうえでの障害となっていたことは事実であり、キエフ・ルーシの中興の祖と言われるウラジーミル・モノマフ(1053~1125年)は、ポロヴェツの征討により、キエフ大公国の統一を成し遂げている。プーチン大統領は、コロナウイルスの流行をペチェネグやポロヴェツによる襲来、つまりロシアの国家存亡の危機と捉えているとも言えるのである。
同じくロシア存亡の危機をもたらしたナポレオンのロシア侵攻、ナチス・ドイツのソ連侵攻、さらには、13世紀のモンゴルの侵入ではなく、すでに現存しない民族を例として用いていることはなかなか巧妙なレトリックである。
中国やWHO(世界保健機関)を非難しつつも、自身の対応の遅れについては反省していないトランプ大統領とは違ったプーチン流のレトリックが読み取れる。
ロシアにとって戦略的パートナーである中国を名指しで批判することはできない。それどころか、4月16日の習近平との電話会談では、コロナウイルス感染に関する適時の情報公開がなされなかったことに関して中国を非難することは非生産的だとするなど、中国を擁護している。他方、国民の非難を外に向けることは必要である。
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