歌舞伎町"深夜イタリアン"が愛されてきた理由 ミナミですべてを失ったシェフの夢の続き

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黄色が基調の明るい店内(写真:筆者撮影)

補足すると、あかはるは決して敷居が高いわけではない。むしろ、常識的なマナーや振る舞いさえできれば、誰でも歓迎のカジュアルな店だ。あくまで迷惑な客に対して厳しく接し、結果的に「格好いい客」が安心して楽しめる空間になっているのだ。

赤春さん自身、お店を楽しんでいる。開店以来、定休日の日曜のほかは、休まずお店に出続けているが、疲れよりも楽しみの方が圧倒的に大きい。「家でテレビ見てるより、お店に出てる方が好きだから」と赤春さんは笑う。

手頃なメニューがずらり(写真:筆者撮影)

このように、ミナミで始まった夢の続きを、歌舞伎町で実現させていったあかはるは、2019年にリニューアルした。内装や調理設備を一新し、営業時間も19時からに変更。スタッフも雇うようになった。その理由を聞くと、「ビジネスのためです」とストレートな回答。

「売り上げ拡大のための戦略ですよね。19時から開ければ、深夜に来られなかった人も来てくれるようになります。厨房も広くして、コンロとか冷蔵庫も新しくした。飲み屋でちょっとした飯を出すレベルじゃ、俺自身が満足できないから。やるなら徹底的に、と思ったんです」

リニューアル後は狙い通り、会社員など歌舞伎町以外のお客さんも多く訪れるようになった。スタッフを入れたため、満席になっても待たせることなく対応が可能に。「俺がやりたかった店にかなり近づきました」と赤春さんは満足げだ。今後は新宿に限らず、都内に新店舗を出すことも考えているという。

「結局、自分ができるのはイタリアンしかなかったんです。大阪を飛び出して、ほかの仕事をしようと思ったときもあるけど、やっぱりイタリアンが忘れられなくて。好きなことをガチでやれば、商売としても成功できるんだよ、という手本になれたらいいですよね」

赤春さんはニヤリと笑って続ける。

「要約すると、俺も歳をとってきたし、アウトロー生活も終わりで、まっとうなビジネスマンとして生きていく、ということですよ」

20時を前に、客が訪れ始めた。予約や空席確認の電話も立て続けに鳴る。「これから忙しくなりますよ」と赤春さんは言い、仕込みに励む。青春とは正反対という意味で名づけられた店だが、ここには間違いなく、赤春さんの青春があるのだろう。営業の邪魔にならないよう、取材を切り上げる。会計を済ませ、店を出ようとすると、背後から声が飛んできた。

「書いといてください、歌舞伎町で一番のイタリアン、って。読者はそういうのに食いつくでしょ?」

コロナ下の「あかはる」は…

ここまでは、昨年12月に取材をした内容である。年が明け、新型コロナウイルスが猛威を振るった。現状を伺うべく、筆者は4月、再びあかはるを訪ねた。

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赤春さんに話を聞くと、2月ころから顕著に客足は減り始め、4月7日に緊急事態宣言が出されてからは、一日にひとり来るか来ないかという状態だという。また、東京都より営業時間短縮の要請を受け、営業時間を12~19時に変更。夜にお店を開けない分、ピザやパスタのテイクアウトを始め、少しでも売り上げを補っている。

「模索していくしかないですよね。(この状況を乗り越えても)コロナが終わった後は、きっと世界が変わっていると思います。当たり前だったことも、そうではなくなっているんじゃないかな。飲食業界ももちろんそうで、そこからまた大変だと思うけど、うちは何としても生き残っていきますよ」

赤春さんは変わらぬ笑顔でそう話した。テイクアウトでトマトパスタをいただく。鬼才シェフがつくった料理の味は、このような状況下でもまったく変わっていない。世界がコロナに打ち勝ち、歌舞伎町やあかはるが、またにぎわいを取り戻す日が来ると信じている。

肥沼 和之 フリーライター・ジャーナリスト

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こえぬま かずゆき / Kazuyuki Koenuma

1980年東京都生まれ。ルポルタージュや報道系の記事を主に手掛ける。著書に『究極の愛について語るときに僕たちの語ること』(青月社)、『フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。』(実務教育出版)。東京・新宿ゴールデン街の文壇バー「月に吠える」のオーナーでもある。ライフワークは愛の研究。

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