大林宣彦「私が120年前の映画に学んだこと」

「最後の講義」で若者に伝えたメッセージ

映画に音をつけられるようになると、つい安心して音に頼り、映像がおろそかになってしまうことがあります。色がついてもやはり安心して、つくり手が自堕落になってしまう。

自堕落の極みによって、現在の映画がいちばんつまらないという結果がもたらされてしまったともいえるのです。

ぼくが80歳になってもなお現役として撮れているのは、サイレント映画のように観る人をひきつける力を失ってはいけないと、自分を戒めているからです。

それはつまり120年前に撮られた音のない映画に負けないような面白い映画をつくろうとしているということです。

「大林は80歳になっても老いたる巨匠にはならず、若い人以上に若々しい映画をつくっている。それはなぜなんだ!?」と皆さんは思っているか
もしれません。

よくも悪くも皆さんに驚いてもらえるような映画を撮れているのは、古い映画を観ているからです。

そのことも理解しておいてください。

『七人の侍』とこれからつくられるべき未来の映画

先に黒澤明さんのことを話しましたが、黒澤さんには『七人の侍』という作品があります。

現在も世界的に人気の高い映画ですが、封切られたときには否定論も多かったんです。日本の権威ある『キネマ旬報』のベストテンでも、その年の3位に留まったんだったかな。

否定論というのは“黒澤がつくる西部劇のような作品”ということでテンポのいいアクション時代劇かと思っていたら案外かったるい、とても西部劇のテンポには追いついていない、といった類いのものでした。

黒澤さんも東宝という会社の社員でしたから、そういう声もあった中で上映時間を短くするため、場面をカットした短縮版をつくりました。ヴェネツィア国際映画祭にもその短縮版が出品されています。

ぼくなんかは幸いなことにカットされる前のオリジナルを観ることができたんですが、その後は長い間、短縮版が上映されていました。

短縮版ではテンポをよくすることが求められていたので、黒澤さんが本当に描きたかったはずの大切な部分もカットされています。

『七人の侍』をつくるうえでは、『駅馬車』に代表されるジョン・フォード監督の西部劇のようなテンポのいい映画にしたいという意図があったはずですが、黒澤さんはフィロソフィーのない映画をつくろうとはしない作家、映画監督です。

次ページ世界に送り出された『七人の侍』に見た無念
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