コロナに翻弄、JR北海道「札沼線」突然の幕切れ

緊急事態宣言発令で4月17日に廃止を繰り上げ

4月17日午前、運行を終えるJR北海道・札沼線の最終列車(写真:時事)

まさか昨日限りで廃止になるとは思ってもみなかった。

近年JR北海道では路線の廃止が続き、2014年5月に江差線木古内―江差間を廃止したのをはじめ、2016年12月には留萌線留萌―増毛間、2019年には石勝線新夕張―夕張間を廃止した。今年は札沼線・北海道医療大学―新十津川間の廃止だ。当初はゴールデンウィーク最終日の5月6日限りで廃止する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、定期列車の廃止日が4月24日、沿線4町の利用者を対象にしたラストランを4月27日に繰り上げると4月15日に発表された。

だが、その翌日、北海道が新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言の対象地域となったことに伴い、定期列車の最終運行が4月17日に繰り上がった。住民向けのラストランは中止となった。最終運行の繰り上げ発表が行われたのは16日の夜。この時間帯にこうした発表が行われることは異例であり、JR北海道としても苦渋の決断だったことがうかがえる。

札沼線の「沼」はどこ?

札沼線は桑園と新十津川間76.5kmを結んでいた。札幌―北海道医療大学間はJR化後に乗客が増えて複線化や電化が行われ、ローカル線から脱皮して学園都市線という路線の愛称が付く。一方、今回廃止となった北海道医療大学―新十津川間は完全なローカル線で、沿線には広大な畑が広がっている。

札沼線は意外にも昭和に入ってからの開業だ。1934年に札沼南線として桑園―石狩当別間が開業したのを皮切りに、札沼北線として北側のからも開業が進み、早くも翌1935年には全線が開業している。このときの全線とは桑園―石狩沼田間で、留萌線(留萌本線)の石狩沼田まで線路がつながっていた。札沼線の「沼」は石狩沼田の沼で、起点と終点の地名を取ったものだ。

札沼線では、あいの里公園―石狩太美間で石狩川を渡るが、この石狩川を挟んで東側に函館本線、西側に札沼線が並行し、5~10kmほど離れてJR北海道の路線が並ぶ形となる。路線が並行していることで、1943年から段階的に路線を休止して桑園―石狩沼田間に縮小されたこともあった。戦後、再び段階を踏んで復活し1956年には全線が復活したが、赤字ローカル線の廃止対象として札沼線も廃止対象となり、1972年6月に新十津川―石狩沼田間を廃止している。

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