タクシー運転手70歳男性が述懐する仕事の功罪 流転タクシー第1回、彼が18年続ける理由

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――海野さんの故郷は茨城県。成人してからは仕事で全国を飛び回ったが、節目のたびに、太平洋に面する海辺の町へ残る家族へと思いを馳せた。深い愛着を持つが故郷に対する考え方も、歳を重ねるにつれ変わってきたという。故郷へ帰りたいと思うことはないのか? そう問いかけると、海野さんは首を横に振る。

海野さん:茨城県でタクシーの仕事をやる選択肢?それは考えたこともないね。そもそも茨城県は個タクがない。茨城は山梨県、鳥取県、島根県と並んで、全国に4つしかない個タクがない県だから。今さら会社勤めする気力も体力もないしね。

茨城でドライバーをやっている奴がいて、聞くと1カ月間フルで働いてもせいぜい15、6万くらいしか給料貰えないみたい。ドライバーの給料というのは会社勤めの場合は全部歩合制で、売り上げのだいたい6割くらいですよ。東京と違って、そもそも利用者がいないからね。

正直、東京も住みにくい町だし決して好きじゃない。でも、入ってくるお金が全然違う。親父が亡くなってからは草刈りやったり、お墓参りで地元には帰ったりはしている。カミさんと一緒にね。たまに帰るとホッとするけど、私はもう田舎はいらないよ。生まれ育った町だし、愛着もある。

当然好きだよ……。好きだけど、もう誰も会いたい人はいなくなったしね、銭を産まない田舎なんかいらない。金がないとね、結局死に場所も選べず故郷に戻ることもできないというのが現実。もし故郷を捨てられるなら捨ててしまいたいね。

人の温度がある仕事はどうなってしまうのか

――30分ほど乗車しただろうか。自宅に到着し、料金メーターを確認すると6000円を超えていた。心なしか、海野さんの表情は少し晴れたように映る。

海野さん:結局、この4000円~6000円くらいの距離が私たちの仕事的には効率が良いんだ。この仕事が自分に合っているか、仕事を選んで後悔がないか、ですか? それはもうタクシードライバーが自分に合っている天職だと思うしかないよね。私ね、お客様を待っている間に聴くラジオや、自分で好きな音楽をかけて車中で聴く時間が好きで。特に中島みゆきとユーミンが好きで、深夜に車を走らせながら中島みゆきの曲を聞くと泣いちゃうんですよ。何ていうかね、人間の温度のようなものを感じてね。

タクシードライバーも本来ならそういう人の温度がある仕事だと思うし、そういう所にやりがいを見出していたんですがね……。もう今はそういう時代じゃないのか、寂しい限りです。

――料金を支払い終えて下車する寸前、海野さんは小音だった音楽のボリュームを上げた。

栗田 シメイ ノンフィクションライター

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くりた しめい / Shimei Kurita

1987年生まれ。広告代理店勤務などを経てフリーランスに。スポーツや経済、事件、海外情勢などを幅広く取材する。『Number』『Sportiva』といった総合スポーツ誌、野球、サッカーなど専門誌のほか、各週刊誌、ビジネス誌を中心に寄稿。著書に『コロナ禍の生き抜く タクシー業界サバイバル』。『甲子園を目指せ! 進学校野球部の飽くなき挑戦』など、構成本も多数。南米・欧州・アジア・中東など世界30カ国以上で取材を重ねている。連絡はkurioka0829@gmail.comまで。

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