映画の題名を「レ・ミゼラブル」にした真の狙い 郊外団地の現実描く仏映画が評価された理由

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――この映画は団地が舞台となっていて、その様子が印象的でした。日本でも老朽化した団地では、住民の高齢化が進み、さらに外国から来た人たちが多く住むようになっています。フランスの団地事情というのはどんな感じなのでしょうか。

ラジ・リ監督:どこも同じだと思います。1960年代にはたくさん需要があったので、たくさんの住民を収容できる団地が数多く建設されました。そのときは庭もあるし、広いし、ぜいたくだな、夢があるなと見なされていた。しかし、その後はリフォームされることもなく、50年たった今では貧困層が住むところになってしまっている。

団地が舞台になっているのも印象的。団地のスラム化は世界共通の問題になっている ©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

――そういう意味で、この映画に『レ・ミゼラブル』というタイトルをつけたのは意味深だなと思ったのですが。

ラジ・リ監督:もちろんヴィクトル・ユゴーによる文学史に残る大作と同じタイトルですし、ミュージカルとしても全世界で上演されていて、箔が付いているタイトルですよね。

日本でも『レ・ミゼラブル』は特別な作品だというのは聞いていますが、われわれにとっては文字どおり“悲惨な人々”という意味で付けています。この映画で描いている現実にマッチしたタイトルだなと思っています。それを僕らは『レ・ミゼラブル』の新しいバージョンとして提示したというわけです。

モンフェルメイユの現状を三部作で描きたい

――この映画に出てくる子どもたちも、最初は屈託のない笑顔を見せていたのに、次第に怒りに満ちた表情に変わっていく。その変化が怖ろしかったですね。

ラジ・リ監督:この映画のオープニングでは、満面の笑みをたたえた子どもたちが出てきていましたよね。それがいろんな大人たちから押さえつけられてしまい、子どもたちはそれを甘んじて受け入れなくてはいけない状況ですよね。そうした弱い立場の子どもたちが爆発するということはありうること。子どもたちの怒りは当然だと思います。

スティーヴ:子どもたちは悲惨な状況だなと思います。彼らは今、見捨てられているんです。彼らの声を聞こうとする人たちがいない。学校にしても教師が悪いわけではないが、子どもたちはきちんとした教育を受けていない。そんな中で欲求不満を募らせて、夢を持つことさえも諦めてしまう。子どもたちはお金がないから、発散するすべがない。そこで怒りが爆発してしまうんだと思います。

Ladj Ly/フランス、モンフェルメイユ(セーヌ=サン=ドニ県)出身。1997年、初の短編映画『Montfermeil Les Bosquets(原題)』を監督。その後、多くのドキュメンタリー映画に携わり、2017年に監督を務めた短編映画版の『Les Misérables(原題)』では、セザール賞(2018年)にノミネートされる。また2018年にステファン・デ・フレイタスと共同で監督した『A Voix Haute(原題)』でも、再びセザール賞にノミネートされている (筆者撮影)

――監督がこの映画を作った目的は「この現状を世界に発信したい」だったと聞いておりますが、この映画が世界的に成功を収めたことで、その目的は達せられたと感じていますか。

ラジ・リ監督:もちろんこの作品は世界的に評価を受けることができたので、それをもって「目的に達した」とは言えるかもしれないが、それでもまだやらなければいけないことはたくさんある。だからモンフェルメイユの現状を三部作で描きたいと思っています。

――次回作の構想はあるんですか。

ラジ・リ監督:次は伝記映画を考えています。クリシー=ス=ボワという貧困地域があるんですが、そこに社会党の市長がいたんです。その人は政治家として本当に信念があって、僕らの街をよくしようと尽力してくれた。だから彼が就任した時期から、2005年の暴動に至るまでの過程を切り取りたいなと思っています。

今回の作品で批判されたのは、「政治家が不在だった」という点。だから次回作は政治家の視点で描きたいと思っているんです。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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