「越権行為」からイノベーションが生まれる 富士フイルムのプロデューサー、戸田雄三氏に聞く(下)

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越権行為をする若者を、抱きしめてあげたい

三宅:戸田さんは特にセンシティブな製品の担当だったのですね。

戸田:おそらく上司は僕の性格を見抜いて、いちばん難しい製品を割り当てたのでしょう。普通の人ならいやになってしまうけれど、こいつはデュラビリティがあると思ったんじゃないですか。

戸田雄三(とだ・ゆうぞう)
富士フイルム取締役・常務執行役員
富士フイルム ホールディングス取締役

1946年東京生まれ。73年千葉大学大学院工学研究科写真工学科修士課程修了、富士写真フイルム(現・富士フイルム)入社。足柄工場第七製造部技術課長、Fuji Photo Film B.V.(オランダ)技術主幹、執行役員ライフサイエンス事業部長などを経て、2008年取締役執行役員、2009年より現職。

担当していたのが映画の上映用のフィルムだったから、おかげでハリウッドに何回も行けましたけどね。といってもクレーム対応です。独りぼっちで現像所に行って、アメリカ人に怒られる。前の晩は裸になっておじさんたちと一緒にタンクを洗って、翌朝は背広を着て、成田空港からハリウッドに行って謝って。製造ではひとりで何でもやらされました。このときの経験を生かして、富士フイルムに恩返ししなくてはと、今でも思っています。

三宅:その部署は、タンクの洗浄からお客さんまで、全体が見える部署だったのですね。

戸田:タンクを洗うときに、自分の作っている材料とタンクの間で相互作用が起きるんですよ。材料と装置の境界領域です。ここまでゴシゴシこすらないと洗えないのか、これは何なんだろうと考える。そういうのが大事なんですよ。ただ机の前に座っているのとは違って、感触がわかる。

三宅:境界領域ですか! そこで「何か」を発見したわけなのですね?

戸田:コラーゲンの質がよくわかったし、出来上がった製品のクオリティと材料の関係もわかりました。前にも言ったように、フィルムは非常に繊細な製品です。1986年のチェルノブイリ原発事故のとき、僕は足柄工場で技術課長をしていましたが、何かおかしいと最初に気付いたのが富士フイルムでした。放射性のチリがフィルムにつくと感光してブラックスポットになってしまうからです。公のモニタリング機関より富士フイルムは早く気づいたのです。

三宅:ほかに「境界領域」で見つけたことはありますか?

戸田:たくさんあります。たとえば、材料と装置の境界領域でトラブルが起きたとき、どちらで直すか。もちろん両方で直せるんですよ。そのとき大事なのは、どちらが早く直せるかと、どちらが安く直せるかなのです。 材料で直すほうが早いけど、100%は直らない。装置で直せば100%直るけど、時間とコストがかかる。だったら、とりあえず材料で直して半年間しのぐ。本質的には半年後に装置で対応してください、というように、コストと時間を考えて割り振ります。毎日、そういう経験をしていました。

三宅:そして、これは横の領域に出ていくことが大事だなと思われたのですね。

戸田:自分が携わっている製品でこういうことが起こっている。岡目八目じゃないけれど、これは隣の工場のあの製品でもやらないとダメだなと、横に展開できるのです。でも、僕が提案すると、余計なことを言うな、という反応をする人もいました。上司から越権行為だと言われたこともあります。これはひどいですよね。もし今、僕がその上司の立場で、越権行為に感じるぐらいの元気のいい若いのがいたら、抱きしめてあげたいね(笑)。

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