新型肺炎の「救世主」に中国テックはなりうるか 5G、遠隔医療、AIロボも感染防止に一役買う

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2017年に設立された、EC最大手アリババの基礎研究機関である「達摩院(DAMO Academy)」は、新型肺炎の流行を受けて数十名のエンジニアを特別招集。AIアシスタントロボットの開発に短期間で成功した。浙江省や黒竜江省、山東省など地方政府の新型肺炎対応オンラインプラットフォームに導入し、利用者からの相談にAIで応え、問診も行う。

今回の新型肺炎騒動による実体経済への打撃は避けられないが、危機は文字どおり危険と機会の両方の側面を持つ。振り返ると、中国ではSARS騒動をきっかけに、外に出られない人々がECを利用するようになり、結果的にネットショッピングの定着につながった。

さらにここ数年のデジタルサービスの進歩はすさまじい。都市部の中国人はスマホさえあれば、「衣、食、住、行(交通)」において、時間や距離に縛られない生活を享受できるようになった。新型肺炎の流行は、この変化をさらに加速させる可能性がある。

映画館の運営会社から聞こえる悲鳴

例えば娯楽業界では、春節期間中に上映予定だった映画が無料でネット配信されることになり、視聴者が歓声を上げる一方、映画館側からは悲鳴が聞こえた。チケット収入に依存する映画館のビジネスモデルの課題が浮き彫りになった。

教育分野では、新型肺炎によって学校の冬休みが延長されたことを受け、大手の進学塾をはじめ、小中学校や大学なども、オンライン教育の充実化を図り始めた。中国では英語塾や習い事の教室を中心にオンライン教育が普及しているが、今後は教育分野全体でデジタル化がさらに加速していくだろう。

ヘルスケア業界では、オンライン医療健康プラットフォームを運営する「丁香医生」や「好大夫在線」、「平安好医生(Ping An Good Doctor)」などに注目すべきだ。新型肺炎の症状やマスクの選び方・着け方に関する説明をはじめ、オンライン問診や電話相談サービス、精神面のケアなど、一連のサービスを提供し、存在感を高めている。

これらの医療サービスは、信頼できる情報源として既存ユーザーから支持されるとともに、新規ユーザーの獲得にも成功。中国におけるオンライン医療健康プラットフォームの利用拡大にもつながっている。

また、新型肺炎騒動を契機にテレワークを導入する企業が増えているためテレワークをサポートするサービスやソリューションに関連する市場の拡大が見込まれる。そんななか、多くの企業が新たな商機の獲得を急ぐ。

外出できない人々を支える娯楽・教育・ヘルスケア・テレワーク関連のサービスは、今まで以上にデジタル化が進む公算が大きい。中国テック企業が新型肺炎の危機から脱出する救世主となり、「禍を転じて福となす」よう願っている。

趙 瑋琳 伊藤忠総研 産業調査センター 主任研究員

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チョウ イーリン / Weilin Zhao

中国遼寧省出身。2002年に来日。2008年東京工業大学大学院社会理工学研究科修了、イノベーションの制度論、技術経済学にて博士号取得。早稲田大学商学学術院総合研究所、富士通総研を経て2019年9月より現職。情報通信、デジタルイノベーションと社会・経済への影響、プラットフォーマーとテックベンチャー企業などに関する研究を行っている。論文・執筆・講演多数。著書に『BATHの企業戦略分析―バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイの全容』(日経BP社)。

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