「論語」の教えがグサグサと胸に刺さりまくる 2500年読み継がれる最強ビジネス書の魅力
「生きてゆくために、水や火は欠かすことができません。けれども、実は『仁』も同じように欠いてはならないものなのです。そして、水や火はときに危険なものになって、溺(おぼ)れて死ぬことがあり、焼かれて死ぬことがあります。『仁』は違います。どれほど多く与えられても、『仁』のせいで死んだ人間の例はありません」
「『仁』を実践するとき、わたしに遠慮することはありません。これが『仁』だ、このような思いやりが必要なんだと思ったら、すぐに実行してください」
信念を守るのは大切だが柔軟性も必要だ
「信念を守ることは大切です。けれども、一度決めたことを変えられないような柔軟性を欠いた人間にはならないでください。もしかしたらそれは間違っているのかもしれないのですから。筋道を通すことと頭が固いことはまったく別なのです」
「君主に仕えたら、まず、その仕事をきちんとすることを第1に考えてください。いくら大切だからといって、給料のことばかり考えないようにね」
「いいですか、人間にとっていちばん大切なのは、学ぶことです。身分や人種で、人間の質が決まるわけではありません。いくら階級社会だといってもね。後に、ニッポンの福沢諭吉くんが『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と解してくれたのは、このことなんですよ」
「目指す道が違う者の間では、残念なことに、有益な議論はできません」
「ことばや文章は、相手にこちらのメッセージが伝われば、それで十分です。美しい文章、人を驚かせる文章を書く必要などありません」
目が不自由なミュージシャンで冕という人がセンセイの家を訪ねてきたことがある。センセイは、自ら冕さんをお迎えになり、手を引いて案内した。そして、階段の前に来ると、「そこは階段です」、座席の前に来ると、「そこに座席があります」と、丁寧に説明した。冕さんが席につくと、今度は、その席にいた人々を1人ひとり、「あなたの横にいるのが××さんです」「その隣にいるのが○○さんです」と紹介していった。冕さんが退席すると、子張が尋ねた。
「感心しました。目の不自由な人には、あんなふうに対応しなければいけないのですね」
するとセンセイはこうお答えになった。
「子張、わたしは『対応』したのではないよ。目の不自由な人だから、ねぎらってさしあげただけです」
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