いつも戦場。思い続ける力~再建・大不況・電気自動車--益子修・三菱自動車工業社長
そのあたりから、世間の風向きが変わり始めた。が、なかなか変わらないのが、車の売れ行きである。
05年1月28日の社長就任会見は前代未聞だった。年末に発売するSUV(スポーツ多目的車)の「アウトランダー」、軽自動車の「アイ」をその場で公開したのだ。1年後に発売する車を人目にさらせば、顧客の買い控えを誘発し、ライバルは対策を立てる。それでも、実物を展示しなければ、再建計画の実効性を信じてもらえない。苦肉の策だった。
ところが、翌日の新聞はボロクソに書いた。「再建不透明」「見通し立たず」。益子は腹をくくった。「大成功なんてありえない。小さいことをやり遂げる。その積み重ね。それしかない」。売れる売れない以前に、とにかく、29カ月ぶりの新車、アウトランダーを予定どおりに出せた。アイもユニークなデザインが評価され、いくつか小さな賞に輝いた。それもこれも、小さな成功体験である。
そうこうしているうちに、女性社員が“決起”し始めた。水島工場の女性社員が「アウトランダーせんべい」を街で配りたい、と益子に提案し、本社の女性社員が品川駅でパンフレットを配り始めた。パンフレットを配った日は、ショールームの来店数がハネ上がる。そして三菱自動車の歴史上初めて、女性社員が販社=ディーラーへの出向を志願した。
「営業をやらせてください」。益子の前で金子律子(現・本社ショールーム館長)の口が勝手に動いていた。
金子は車庫入れもできないペーパードライバーだった。自らアイを購入し、飛び込みで1日100軒。ピンポンすると「三菱って、壊れるんでしょ」。半年で10キロやせた。1年後、1カ月に16台売るトップセールスになった。うち9台がアイ。
金子の秘訣は諦めないこと。顧客が他社の車を買うまでは通い続ける。「お客様は『しつこい』じゃなく、『頑張るね』と。きちんと説明し、納得してもらう。逃げちゃいけない、ということを学びました」。
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