作業室の気圧は、掘り進めれば掘り進めるほど上がっていく。その環境では長時間働き続けるわけにいかないし、地上との行き来の過程では、体を徐々に慣らす必要がある。ダイビングと同じだ。函内へ入る時は加圧、出る時は減圧した環境で身体を慣らすためのマンロックという設備があり、また、万一の時のために、近くには救急用再圧室がある。そしてどちらも常に稼働できるよう、非常用の発電機も敷地内に完備している、
ベテラン潜函工の限界は3.2気圧だという。ダイビングで言えば水深32メートルの環境までということだ。それを超えると、作業室での作業はすべて遠隔操作に切り替わる。
ニューマチックケーソン工法は、危険を伴う工法なのだ。土木工法は数あれど、これほどまでというのはなかなかないという。それでも重宝されているのは、水に強い、土質を選ばない、周囲の建物の基礎に影響を及ぼさない、狭い現場にも適しているなどのメリットがあるからだ。
ただ、いくら周囲への影響が少ないと言っても、あまりに近くにほかの建造物がある場合には、事前準備が必要になる。
この現場の25メートルほどしか離れていない場所に、荒川ロックゲートがある。ロックゲートとは日本語では閘門。船を、水位の異なる二つの水路の間で船を行き来させるための装置である。この荒川ロックゲートの基礎に影響を与えてはならない。
曲芸に匹敵する技術が必要
そこで、小松川ポンプ所と荒川ロックゲートの間には、鋼矢板を設置した。土質が軟弱だと、傾きもねじれもなくケーソンを沈下させるのは難しく、曲芸に匹敵する技術が求められる。コンクリートを落とすという荒っぽい手法をとりながら、最終的な誤差は数センチ以内に収めなくてはならない。沈下の速度は、1日あたり20センチほど。ゆっくりではあるが、工法を知ってしまった以上、遅いとは言えない。ずっと仮囲いがあって当然だ。時間はかかっても、安全に正確に、モノを造っていただきたい。完成は2019年の予定だという。
今回の工事はコンクリートの供給能力の問題で、ひとつの建物を4分割して造ってきた。施工業者は区画によって異なる。今、東急建設が造っているのは最後の4区画目で、現存する先行区画に合わせて造っていく必要がある。すべてが図面通りではないだろうからいろいろとしわ寄せが来そうだが「いやいや、それよりも」と布藤さんは言う。
「4つ全部を造り終わったら、互いに接する壁の部分を壊して繋ぎ直してひとつの建物にする必要があるんですけど、それをどこの会社がどうやってやるのか……」
とはいえ、受注したらこともなくやり遂げてしまうのだろう。まったく土木の底力には畏れ入るばかりで、シャッポならぬヘルメットを脱ぐ。そろそろ、マイヘルメットをあつらえようかと思う。
(構成:片瀬京子、撮影:大澤 誠)
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